こういうものこそ、Wiki化して欲しい。

というか、どう書く?orgの(通訳|翻訳)者用。iKnow!とはちょっと方向性が違うので。

本書、「訳せそうで訳せない日本語」は、同時通訳のネ申が、ネ申でも頭をひねるような難題日本語をどう訳していくかを実に寛大に披露してくれた本。日本語を英語にする機会がある人は、それだけで必携といっていい。

目次 - ソフトバンク クリエイティブの本:[SB新書]訳せそうで訳せない日本語より
  • 【目次】全4章に75の見出し語、400余りの用例を掲載。
  • 第1章 幅広い意味を持つ日常的表現(当たり前、甘い、おかしい)
  • 第2章 心の動きを表わす動詞(行き詰まる、一喜一憂する、うらむ)
  • 第3章 政治・ビジネスでの独特な表現(一端(一翼)を担う、応分の、変わり者)
  • 第4章 比喩を使った表現(味のある、鵜呑みにする、エールを送る)

著者がネ申であることは、著者紹介を見るとはっきりする。

小松達也(こまつ・たつや)

1934年名古屋市生まれ。59年東京外国語大学英米科卒業。60年から日本生産性本部駐米通訳員を経て、65年まで米国国務省言語課勤務。66 年に、通訳・翻訳業務などを提供する株式会社サイマル・インターナショナル創設に参加。87年より同社社長、98年より顧問。99年より明海大学外国語学部教授。日本の同時通訳の草分けとして、アポロ計画以来、NHKでのテレビ通訳など、豊富な通訳経験を持つ。G-8サミット(先進国首脳会議)、日米経済交渉、日米財界人会議など、数多くの国際会議で活躍。主な著者に『通訳の技術』(研究社)、『通訳の英語 日本語』(文春新書) などがある。

そう。著者は日本の日英通訳の生ける歴史なのだ。にもかかわらず、というよりだからこそ、本書の行間から垣間見える、著者の猛勉強ぶりには背筋が伸びる思いがする。本書は形の上では2000年刊行のジャパンタイムス版を新書化したということになっているが、用例を見ると、2008年の読者にあわせて用例がより最近のものと入れ替わっている。この「基礎知力」の鍛え方、人間業を超えてサイヤ人の修行のようにすら見える。

にも、関わらず、である。

出て来た英語を見ると、それでもまだ奥歯にものが挟まった感が残るのだ。いや、あえて残しているのかも知れない。著者は通訳者。翻訳者とは目指すべきところが微妙に違う。むしろ日本語のあいまいさまで少し残るような著者の通訳ぶりは、依頼人により安心感を与えるものかもしれない。

しかし、もし英語で直接言ったらこういう言い方になるかな、というものがかなり見られるのだ。たとえば、以下。

P. 37

友情とビジネスとは一線を画さなければならない。

You should draw a clear line between friendship and business.

もちろん大正解である。が私の耳にはclearがとてもunclearに聞こえる。実はない方が「一線を画した感」は強いのだ。実は日本語でも英語でも、長い表現ほど婉曲的。たとえそれがclearという形容詞であっても、形容詞がない方が強い。またshouldも口語では弱く感じる。自分で言うならYou've got to draw a line between friendship and business.だろうか。

例をもう一つ。

P. 57

端的に言えば、日本の給与水準が高すぎるのです。

Frankly speaking, the level of salaries in Japan is too high.

端的に言って、端的に言っているときに英語ではこんなに主語を長くしないのではないか。英語で一番重要なのはたいていの場合動詞。動詞が最後に来て、文の最後にならないと文の意味が決定できない日本語とはそこが決定的に異なる。"Frankly speaking, Japan pays too much salary."ないし、もし聞き手が日本人ならずばり"Frankly speaking, you (guys) pay too much for your employees."と言う。この語順の違いというのは本当に同時通訳泣かせだと思う。このあたりの心境は(本当に神になってしまった)米原万里 のエッセイに詳しい。

ただし繰り返しになるが、自分が直接話す場合と、通訳を通す場合と、書いたものが翻訳される場合はそれぞれことなる。同時通訳としては、いずれの用例もほんと文句がつけられない、というよりそもそも私にそこまでの経験はない。

とはいうものの、自分で直接英語で告げる機会は、年とともに増えているし、さらに「会話のインパクト」も国際競争に晒されている。もう少し「固くて太い」言い方でないとナメられる(be underestimated)とかなり感じた。

そんなわけで、「どう訳す.org」があったら、この当たりの間合いのつかみ方も調節できていいのではないかと思った次第。もちろん、「どう訳す.com」だっていい。有料でも参加したい人はかなりいるのではないか。最後に本書の例題と答案一つをひねって本entryをしめることにする。

日本語を英語にするというのは実に奥が深い

You can put Japanese into English in so many ways.

Dan the Nullingual