タイトルが長くなるので前半分しか書かなかったが、本来のタイトルはこうである。

有名人こそ、匿名を援護せよ; 匿名を貶める一番のやり方は誹謗中傷

またか、という感じなので、また書く。

私が、匿名を援護する理由は二つある。

属人論法の排除

属人論法とは、以下のような論法のことである。

ダメな議論 p. 109
批判する相手が学者や官僚であれば「実社会の経験もないくせに...」、大企業の役員であれば「エリートの論理だ...」、若手のIT長者に対しては「成金の考えることは...」などと発言者の経歴に合わせて、いくらでも批判の言葉を考えることができます。

「何を言ったか」が「誰が言ったか」より重要な場において、名前というのはむしろ邪魔ですらある。ましてや名前とそれが暗示するものが優れた才能が世に出ることを妨げる機会が今でも少なくないことを考えれば、匿名で議論できる場を常に用意しておくことの重要性は何度強調しておいてもいい。

一例として、コワレフスカヤをあげておこう。有名な数学者であるが、女性であることを理由に数学者となる機会が与えられなかった彼女を救ったのは、匿名だった。

女が数学を愛するとき - hiroyukikojimaの日記
ボーダン賞の受賞も、ある幸運が働いた故だった。それは、 審査からえこひいきを排除するため、応募者に匿名を義務づけ、 封筒と論文を別々に扱う規約が、女性であることをうまく 秘匿したからである。

もちろん彼女の時代と現代では、女性であることが「負」になる度合いは異なる。しかし現代においてさえそれは0とはなっていないし、名前というものが単なる個体識別子に留まらず、その人の状況をも暗喩している以上、属人論法を防止する手段としての匿名の価値は失われていないのだ。

「名前力」はベキ乗分布する

もう一つの理由は、名前の持つ力は平等ではないということ。小倉秀夫も小飼弾も、明らかに「平均名前力」よりずっと強い名前である。ネットがそれに拍車をかけている。有名人がより有名になるというのは、金持ちがより金持ちになる以上に強い傾向にある。

そのような現状下で「実名オンリー」にしたらどうなるか。「名前格差」がさらに広がることは言うまでもない。

もちろん、すでに実名でも充分やっていけるものが匿名のままでいるのもまたかっこわるいとは私も思う。しかし「実名に耐えられるまでの苗床としての名前」は絶対に必要であり、そしてネットによって名前に関して働く収益逓増の法則がむしろ強化されていることを考えれば、累進課税を「公正」と見なすのと同様の理由で匿名は保護されるべきである。

匿名こそ誹謗中傷の最大の被害者

しかし、匿名というのは「神が保証する当然の権利」ではない。さまざまなやりとりを経て今の形になった、いわば「先人が勝ち取って得た権利」でもある。そして権利というのは、濫用されれば濫用されるほど取り上げられる公算も大きくなる。

匿名というのは、特権なのだ。特権であるからこそ、濫用は避けなければならない。権利の濫用というのは、それを取り上げようとするものに対して格好の口実となるのだから。

それを自覚していないから、言葉も荒くなる。

痛いニュース(ノ∀`):「『ネットでは、実名を使うのが基本』となる制度を。それがネットをよくしていく」…弁護士の小倉秀夫氏
56 名前: 底辺OL(catv?)[] 投稿日:2008/01/20(日) 20:37:04.45 ID:eMKgJe250
ネットなんかよりも現実社会の通名をなんとかしろよカス

「カス」は必要なのか、カス。

匿名であろうが実名であろうが、本人と面と向って言えないことは言うべきでないというのが基本であるが、このルールはむしろ匿名モードでこそ強く意識されるべきだろう。

繰り返す。匿名は特権なのだ。特権である以上、それにともなう義務が付随する。だから私は匿名という特権を尊重し援護しつつも、それが守れない者から特権を取り上げることに私は反対しない。

こんな掲示板はどうだろうか。完全匿名制。しかし参加者の過半が「誰こいつ」ボタンを押したら、実名が晒される。そういう緊張感のある場での匿名議論がどうなるのか是非見てみたいものだ。

小飼弾