いつもの献本がないのでどうしたのかな、と思っていたら、単なる事務エラーだった模様と連絡あり。久しぶりに自腹で佐々木本を買った。

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ウェブ国産力

日の丸ITが世界を制す
佐々木俊尚

はっきり言おう。佐々木俊尚は本書で別の存在になったと。

それがわからないと、こういう感想になるかと思う。

『ウェブ国産力』を読む - 雑種路線でいこう
献本御礼。一通り検索の技術トレンドを押さえ、日本にもニッチ市場をみつけて頑張ってるベンチャーがあることを知るにはいい1冊。いいバランスでパーソナライズ、位置情報、P2Pなどのトレンドを押さえつつ、情報大航海プロジェクトについて詳しく取り上げている。ただ「日の丸ITが世界を制す」という副題には納得できない。どれも「日の丸ITも世界に互し得る」とか「日の丸ITが日本を制す」といった話ばかりだからだ。

本書「ウェブ国産力 - 日の丸ITが世界を制す」は、佐々木俊尚が今のWebの問題と、それに対する日本の技術力に関する展望と、そしてそれを具現化するためにクリアーすべき課題を、自らの言葉で語った一冊。その点において、「他者が語ったことをまとめた」過去の「佐々木ジャーナル」と根本的に違う。

目次 - ウェブ国産力 日の丸ITが世界を制すより
第一章 未来検索ブラジルはグーグルの夢を「見ない」
-- ベンチャー企業の新発想・国産検索エンジン
第二章 持ち運ぶ「ライフログ」端末、ニッポンのケータイ
-- 「ガラパゴスケータイ」が新たなプライバシービジネスを生む
第三章 ブログ検索でマーケティングが一変する
-- 検索そのものではなく、検索から得られたデータをマイニング(解析)するビジネス
第四章 「気づき」を与えるアーキテクチャー
-- 事故につながりそうな要因を検索、解析して対策を作り出すシステム
第五章 リアル世界とインターネットをつなげるウェブ国産力
-- 災害や健康管理をデータ化するP2Pの可能性
第六章 情報大航海プロジェクトを推進する男
-- 彼は何を追い求めているのか
第七章 ウェブ国産力は世界を制することができるか
-- 立ちはだかる三つのハードルを超えて
エピローグ
あとがき

確かに、目次を見れば、この本は現況のレポートに見えるし、本書にはその役割もある。しかしより重要なのは、「ジャーナリスト」佐々木俊尚が、自らの言葉で語り始めたことにある。

もちろん、「グーグル Google - 既存のビジネスを破壊する」をはじめ、著者は元々メッセージ性の強い「ジャーナル」を出すことに定評はあった。それでも、それらのメッセージは、著者本人が発したメッセージというよりも、取材対象達が発したまだ文字化されていない声なき声を文字化したものに留まっていたように思う。いや、一つ例外があって、「確固たる個を持て」ということは手を変え品を変えて語ってはいたのだが、「じゃあ具体的におまえの個は何だ」という問いにたいしては、「ジャーナリスト」以上には答えてこなかった。確かにジャーナリストとしては、それが正解である。

しかし、本書では「現在どうである」「そこから演繹される未来はこうである」から、一歩踏み込んで「未来はこうあるべきで、そのためにはこういう手続きが必要である」という提案を行っている。オビには腕を組んだ、私服の著者の姿。本書が提示する著者は、もう「ジャーナリスト」ではなく、「スピーカー」なのである。

たとえば第二章。「ケータイがライフロガーである」というのは、ものすごい重大な発見かつ提案である。これは「明日の検索」がどんな姿を取るべきかを示す、語り部ではなく作り手により近い言葉である。そして第七章。ジャーナリストとして振る舞うのであれば、「三つのハードル」は存在のみを示せばよい。しかし著者はそれをどう超えるのかまで「勇み足」している。

それはジャーナリストとしては「越権行為」である。しかし「スピーカー」としてはそれこそ最も必要なことなのである。

実際、「グーグル」が書かれた頃に比べれば、日本のITジャーナリズムは格段によくなった。毎日新聞がブロガー特集を組むという、「こちら側」からの歩み寄りもあれば、ITMediaやWiredといったIT系のメディアが「こちら側」の人々にもより読まれるようになったという動きもある。「ジャーナリスト」佐々木がいなくとも、ゆかたん西尾泰(兄)(笑)もいる。

著者は、本書でついに記者から作家になったのだ。思えば「3時間で「専門家」になる私の方法」はそのための区切りだったのだろう。

ところで、著者は相変わらずタイトルの付け方が下手、というか優れた読み手ほど誤解しそうなものを付ける。この点に関しては「情報大航海」なみのドジっ娘である。もし本書の副題が「日の丸ITが世界を制す」ではなく、「日の丸ITが世界を制すには」だったら、本書の受け止められ方はまるで違うだろう。

確かに印税は買った者からしか徴収できない。その点を考慮すれば本書のタイトルはつかみとしては上出来ではある。しかしつかみだけでは息切れも早い。購入される者以外に対しても、タイトルは価値を持つのである。著者の課題はここだろう。

それにしても、「グーグル Google」から本書に至る著者の成長ぶりは、年少の私が言うのもおこがましい気がするが、実に爽快である。「著者の代表作は」と聞かれて中身を改めるまでもなく「最新作」と答えて外れない。今回は献本されそこねたおかげで、余計その思いを新たにすることが出来た。

次の作品が、今から待ち通しい。そしてその時日本のネットがどうなっているか、も。

Dan the Watcher Thereof