そうなのかどうか、昔の医療のことははせいぜいブラック・ジャックを通してしか知らないが、

レジデント初期研修用資料: 経済活動を正当化する物語
昔はみんな、プライド高かった。お金に汚くなかったし、患者さんのためにつくした。

以下の下りを理解するのに、医師免許は必要ないはず。

医療機器買ったからには、使わないとお金を生まない。患者さんを投げてよこすクリニックは、 何はなくてもまずレントゲン写真。無駄だけど、無駄やらなければ収入ないから、 先方だって必死。

機器の発達で熟達者が危機に陥るというのは、世界中のどこでも見られる話。このあたりのことが面白く書いてあったのが右の「脳外科の話」で、かつて神経生理学を駆使して脳のどこに異変があるのかを熟練の技で見抜いていたのが、いかに「とりあえずCT」になったかの下りには、不謹慎ながらにぱーを禁じ得なかった。

で、このCT(正確にはX線CT; MRIもCTなので)とMRIの普及率は、日本がダントツのトップ。

日本がダントツに多いCT・MRI普及率 - ニュース - nikkei BPnet
ct-mri 経済協力開発機構(OECD)が参加30カ国に対し、2年に1回実施している調査の結果。日本における、人口100万人当たりのCTやMRIの導入状況は、米国や英国など、他の先進諸国より圧倒的に高いことが分かります。全参加国の導入状況の平均をみると、CTは13.3台(日本は92.6台)、MRIは5.5台(日本は35.3台)となっています。

にも関わらず、人口あたりの医師の数はOECD加盟国中最低レベル。

図録▽医師数・看護師数の国際比較
doctors-nurses 医師数では、日本は2.0人と対象国30カ国中下から4番目であり、少ない国の部類に属している。イタリア、ベルギーの約半分のレベルである。

なんでこんなことになってしまったんだろう。

一つ思いたったのが、「既得権益」という言葉の無駄遣い。

レジデント初期研修用資料: 経済活動を正当化する物語
誰か改革派の国会議員が、正義運用して得した誰かに 「既得権益」のラベルを貼り付けたその時点で、 開業の先生がたを取り巻く状況は、たぶん今以上に厳しくなっていく。

ところが、「既得権益」は、以下のとおり2*2=4通りにわけられる。

譲渡可能譲渡不能
先天的親譲りの財産親譲りの才能
後天的成金の財産成金の才能

糾弾されるべきは、どう見ても「先天的で譲渡可能」な既得権だけだろう。ところが、残りまでクソミソにされるようになってしまった。今では medtoolz さんや私のような者の「後天的で譲渡不可能」な「既得権益者」まで糾弾とはいわぬまでも嫉妬の対象となってしまっている。

むしろ考えるべきは、「既得権の糾弾」ではなく、「既得権の有効活用」なのではないか。先天的、あるいは環境的な譲渡可能な「権益」を、資源と捉えた上で、きちんと「流動化」するのである。

例えば、CTやMRIといった高額な機械は、日本のどこにどれだけおくかを決めてしまう。その代わり、その所有権をオークションにかけてしまうのである。なんなら証券化してもいいし、別荘のようにタイムシェアということにしてもいい。ただし、所有権がオークションにかかるのは、その所有者が引退するときのみ。

合州国のタクシー免許とか、相撲の年寄株に近いイメージ。引退者はそれが退職金の代わりになるし、開業者はそれが超えるべき壁になる。

手練の外科医(とされる)本を読むと、異口同音に書いてあるのが、難しい術式の手術数の少なさ。外科医は数をこなさないとうまくならないのに、病院のカンバンのために事例が分散されてしまうのだそうな。欧州では、例えば心臓移植は特定の施設でないと出来ないようにして、事例を集中する工夫をしているそうである。

既得権益にやかましいこの国でも、なぜか土地に関する既得権益は、たたりでもおそれるかのごとく厳重に保護されている。これこそ先天的で譲渡可能な既得権益の最たるものだと思うのだが。農地改革の反動なのかあまり糾弾されない。土地ではなく、医療資源にこの「たたり」をかませば、医療機器豊作貧乏の医師ひでりという今の状態よりなんぼかましになるような気がするのだが....

Dan the Impatient Patient