新潮新書編集部横手様より献本御礼。いつもありがとうございます。

いやあ、面白かった。

アラブ経済はアブラのみにあらず。

本書「アラブの大富豪」は、JETROの元リアド事務局長が書いたアラブ経済入門。なぜ「経済入門」に「大富豪」というTVのバラエティ番組のような表題がついているかといえば、アラブ経済の特性、すなわち「為政者 = 王族 = 大富豪」という、その経済の特性にある。

目次 - 「アラブの大富豪」を発刊しました-アラビア半島定点観測 - 半島各国の社会経済及び支配王家に関する動向分析より
第1章 サウジアラビア王家と御用商人たち
第2章 世界一多忙なドバイのCEO
第3章 王族投資家アルワリード王子
第4章 踊る湾岸マネー - アブダビ、カタル、クウェイト
第5章 ムハンマドの末裔、ヨルダン・ハシミテ王家
第6章 アラブの中の政商

帯の数字がまず眩しい。13000000000000000円。ゼロは15個あった。読みやすく書き直すと1京3000兆0000億0000万0000円。これが現在の相場で換算したオイルマネーの時価総額、すなわち石油と天然ガスの埋蔵量に時価をかけたものだそうである。日本の個人資産のおよそ10倍、国富(約3000億円)のおよそ4倍。大変な金額である。

これだけの金があれば、ただそれを売っていれば生きていける。経営なんぞ必要ない。そう信じている人々は少なくないし、実際そういう放漫経営をして来た産油国も少なくないのだが、しかし本書に出てくるアラブの大富豪たちは、そんな「バカな金持ち」のイメージを払拭するほど「出来る人々」である。

たとえば、第二章の「ドバイのCEO」、ムハンマド首長。以外と知られていないが、アラブ首長国連邦のうち、石油がじゃかすか出るのは「長兄」アブダビであってドバイではない。ドバイの石油収入は、GDPのわずか5%。残りは商業活動で稼いでいるのだ。その原資は確かに他の産油国のオイルマネーではあるのだが、ドバイは石油ではなく2代続いた「辣腕CEO」の手腕であそこまで成長したのだ。

または、第二章の主人公、サウディのアルワリード王子。彼はかつて自分の家を抵当に入れて、30万ドルをシティバンクから借りた事があるのだそうだ。その後、彼は中南米融資問題で傾いたシティバンクに、6億ドルの資金提供をして窮地を救う。この資金提供を引き出した同銀行のジョン・リード会長(当時)の方は日本でも有名だが、王子のことはどれくらい知られているだろう。私も資本注入の方のエピソードは知っていたが、家を質に入れた話は知らなかった。

ちょっと残念なのが、カタールのハマド・ビン・ハリファ・アル=サーニ首長(Hamad bin Khalifa Al Thani)が脇役としてしか登場しないこと。親父をたたき出して国の実権を握ったハマド首長は、アルジャジーラの父でもある。私が知る「アラブの辣腕王」のイメージに最も近いのがこの人で、列伝としての面白さならアルワリード王子やムハンマド首長をも上回るのではないか。

その代わりに、著者が一章を割いたのがヨルダン・ハシミテ王家。ここは実はアラブの基準から行ったら貧乏王家もいいところなのだが、アラブの王族に対して実に大事な役割を果たしている。ここをきちんと書くところがさすがである。

それにしても、本書を読んで認識を新たにしたのが、アラブの大富豪たちが、いかに最高の「民主主義の敵」としてすごいのかということ。彼らが暴君だからではない。その逆だからだ。彼らはその富を気前良く民衆にも配る。中東産油国に税金はなく、社会資本もすべて王族が面倒を見てくれる。権利はないが、それ以上に義務もない。そして王族に優れたものがいれば、民主主義のややこしい手続きなしですぐに辣腕を発揮できる。

よきにつけあしきにつけ、西側先進国の常識では推し量れない、しかし付き合っていかざるを得ない、それが「アラブの大富豪」たちなのである。我々は彼らをもっとよく知る必要があるのではないか。

Dan the Gas Guzzler