予習のために購入。
日本社会の利用者は、少なくとも「プレカリアート」は必読。「生き地獄天国」の方は微妙なところだが、著者の(思考|嗜好|志向|試行)を知っておくには最適の一冊で、もし両方とも読むのであれば先に読んでおくと著者の手による他作品もずっとわかりやすくなる。
「プレカリアート」は、プレカリアートの筆頭スポークスウーマンにして、本人も(元)プレカリアートである著者が、プレカリアートとは何で、どういう問題を抱えているかを訴えた一冊。「生き地獄天国」は、その著者の自叙伝。
「生き地獄天国」 目次 - 筑摩書房 生き地獄天国 ─雨宮処凛自伝 / 雨宮 処凛 著より
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- 第一章 なぜプレカリアートは急速に増加し続けるのか
- 第二章「貧困ビジネス」が若者の日銭を搾取する
- 第三章 プレカリアート吼える！〜若者たちの反撃〜
- 第四章 黙して語れぬプレカリアートの声なき叫び
- 第五章 就職氷河期世代の逆襲！
- 第六章 「都知事公認暴動」を繰り広げよ！
- 終章 プレカリアートの不安で曖昧な未来
それではプレカリアートとは一体何か。
プレカリアート - Wikipediaプレカリアート（英precariat、仏précariat、伊precariato）とは、「不安定な」（英precarious、伊precario）という形容詞に由来する語句で、新自由主義経済下の不安定な雇用・労働状況における非正規雇用者および失業者を総称する言葉。
国籍・年齢・婚姻関係に制限されることなくパートタイマー、アルバイト、フリーター、派遣労働者、契約社員、委託労働者、移住労働者、失業者、ニート等を包括する。
主に「負け組」とも呼ばれている。
「負け組」や「弱者」よりも具体的で、「ニート」や「フリーター」や「ワーキングプア」よりも包括的な概念が、プレカリアートということになるだろうか。プロレタリアートに対するブルジョワジーのような反語を探すと、能力主義(Meritocracy)からメリトクラットという言葉が思い浮かぶが、こちらはプレカリアートほど一般的とはまだ言えないようだ。
それはさておき、著者によるプレカリアートの特徴は、極めて大雑把ではあるが「反自己責任主義者」ということでまとまっていることにある。同じ「負け組」(私は負けているとは思わないのだが)でも、ニートとフリーターでは境遇がだいぶ異なるのであるが、「社会によってその境遇に追いやられた」という共通項を「プレカリアート」という言葉でくくり出したところに本書の意義がある。
著者が描写するプレカリアートたちの境遇は、確かに日本国憲法第3章が保障しているはずの権利を奪われているかのように見える。特に25条が謳っている、「健康で文化的な最低限度の生活」とは口が裂けても言えそうにない。
しかし「生き地獄天国」を読んだ限りでは、著者も含めて彼らの生い立ちが「自力でそこから脱出不能」なほど悲惨だったかというと、それにも「否」と答えざるを得ない。確かに悲惨ではある。のだが、それより悲惨な境遇から出発し、現在はメリトクラットである例もまた枚挙に暇がない。例えば内田春菊や西原理恵子の生い立ちと比較して、どちらが悲惨だったかというのは比べても詮無いことではあるけれども、著者よりも恵まれたいたとはましてや言えない。
「生き地獄天国」 解説 鈴木邦男これほど凄絶な生き方を私達は知らない。
どうやら私自身はその「私達」には入っていないようだ。胃洗浄なら私も経験あるしね。著者の生い立ちを見て「似たり寄ったり」という感慨はもったが、凄絶とまでは思わなかったのはそのためだろう。
重要なのは、世代を問わず、プレカリアートから抜け出せないどころが自らがプレカリアートであることに気づかぬものもいる一方、そこから抜け出すものも決して少なくないということだ。著者らはそれらはあくまで「モデルケースであり、そうなるのは万に一つ」と言うけれども、万に一つというほど低確率ではない。千に一つ以上、百に一つ以下、といったところ。千三つという言葉があるが、そんな感じだろうか。
その違いがどこにあるのかというのを、考えさせられた。
とりあえずの私の仮説は、弱者として闘争するのか、それとも逃走するのかという行動パターンの違いがもっとも大きな違いなのではないか、というものだ。
元プレカリアートのメリトクラットたちは、弱いうちは逃げている。さまざまな方面に逃げているが、その逃げ方の特徴は一人で、なるべく他者とは距離を取るような形で逃げるということにある。これは戦略としては当然で、それが一番捕まる確率が低くなる。まとまって足並みを揃えて逃げたら、ずっと逃げ遅れやすくなるのは自明の理である。
そうして強者の目の届かぬところで力を貯め、その力を使ってコネとカネを徐々に育てていったというのが、元プレカリアートのメリトクラットにほぼ例外なく共通する特徴だ。連帯するにも力がいるのだ、ということを彼らは体で知っている。
それに対し、著者のアプローチは闘争、それも集団闘争。著者は見事なほど「逃げない」代わりに「単独行動」しない。これも戦略としては間違っていない。弱者も連帯することで強くなる。かつてはむしろこちらの方こそ定石であり、そして今でもこの戦略はある程度有効でもある。
しかし、この集団闘争戦略は、かつてほど簡単ではなくなった、というのもまた事実である。理由は二つある。
一つは、その集団の構成員の個人差が、かつてないほど大きいこと。たとえばニートとワーキングプアというは、類似点以上に相違点も大きい。親の財力から年齢まで、かつてのように揃っていたいるわけではないのだ。
もう一つは、集団闘争を迎え撃つ側の各個撃破戦術がずっと進んでいること。かつてはストライキに対しては待遇改善で答えるしかなかった。しかし今では非正規雇用者と雇用者の二つに分断されており、労組はその片方しか面倒を見ていない。さらに雇用者たちも協調よりも競合の関係にあることを、雇用主はもとより顧客にまで期待されている。
だから私は「集団闘争」だけではなく「個別逃走」という手段もあるんですよ、と今まで本blogで訴えて来た。その方が生存率 = survivability がかえって高くなっているのではないですか、と言ってきたわけだ。著者の「人をまとめる力」というのは大したものだが、それがかえって犠牲者を増やす可能性もあるんじゃないですか、ということは指摘しておきたい。
「プレカリアート」 P. 237最後に、この国に望むこと。
それは、政治が企業に圧力をかければ正社員は増えるのだから、まずは正社員を増やしてほしいということ。 それでもみんなが正社員という世界はもう到来しないから、正規と非正規のこの圧倒的な格差をなくすこと。 そして最後に、病気やけがで働けなくなった時、すべての人が当たり前に生活保障が受けられること。
「この国に望む」。そう。集団闘争の一番の欠点というのは、このように相手にターンを渡す必要がどうしても生じてしまうことなのだ。個別逃走には、これがない。国や企業がどう動こうが、自分のターンを譲る必要はないのだ。
どちらを選ぶかは、結局のところは個々の自由ではある。しかし戦闘力もないのに、逃げもしなければ群れもしないという人々の未来が急速になくなりつつあるという認識は、著者も私も共通していると感じている。
逃走か闘争か。少なくともその選択は、反自己責任教徒がどれほど願っても、自己責任として残る選択肢ではないのか。
Dan the ex-Precariat, Opportunistic Meritocrat
(正)平和ボケに本を捧ぐ
「オナニストの憂鬱」以降の目次項目を手打ちと判断したので。
原文通りだったら、御免下さい。
手打ち乙。
(誤)恵まれたいた
(正)恵まれていた