たとえば「ワーキングプア」を読んで、日本が格差社会であると思っている方は、本書を読んでその認識を新たにせざるを得ないだろう。
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本書「ルポ 貧困大国アメリカ」は、超大国アメリカが、貧困の面でも超大国であることを克明に伝えた一冊。私はかの地に住んでいたこともあり、そこに行く回数も少なくないのである程度知っているつもりであったが、それが「つもり」でしかなかったことを改めて認識させられた。
目次 - 岩波新書 ルポ 貧困大国アメリカより- プロローグ
- 第1章 貧困が生み出す肥満国民
- 新自由主義登場によって失われたアメリカの中流家庭 / なぜ貧困児童に肥満児が多いのか / フードスタンプで暮らす人々 / アメリカ国内の飢餓人口
- コラム(1) 間違いだらけの肥満児対策
- 第2章 民営化による国内難民と自由化による経済難民
- 人災だったハリケーン・カトリーナ / 「民営化」の罠 / 棄民となった被災者たち / 「再建」ではなく「削除」されたニューオーリンズの貧困地域 / 学校の民営化 / 「自由競争」が生み出す経済難民たち
- コラム(2) ニューオーリンズの目に見えぬ宝
- 第3章 一度の病気で貧困層に転落する人々
- 世界一高い医療費で破産する中間層 / 日帰り出産する妊婦たち / 競争による効率主義に追いつめられる医師たち / 破綻していくアメリカの公的医療支援 / 株式会社化する病院 / 笑わない看護師たち / 急増する医療過誤 / 急増する無保険者たち
- コラム(3) 不安の「フード・ファディズム」
- 第4章 出口をふさがれる若者たち
- 「落ちこぼれゼロ法」という名の裏口徴兵政策 / 経済的な徴兵制 / ノルマに圧迫されるリクルーターたち / 見えない高校生勧誘システム「JROTC」 / 民営化される学資ローン / 軍の第二のターゲットはコミュニティ・カレッジの学生 / カード地獄に陥る学生たち / 学資ローン返済免除プログラム / 魅惑のオンライン・ゲーム「アメリカズ・アーミー」 / 入隊しても貧困から抜け出せない / 帰還後にはホームレスに
- コラム(4) 誰がメディアの裏側にいるのか?
- 第5章 世界中のワーキングプアが支える「民営化された戦争」
- 「素晴らしいお仕事の話があるんですがね」 / 「これは戦争ではなく派遣という純粋なビジネスです」 / ターゲットは世界中の貧困層 / 戦争で潤う民間戦争請負会社 / 見えない「傭兵」 / 一元化される個人情報と国民監視体制 / 国民身分証法 / 州兵としてイラク戦争を支えた日本人 / 「これは戦争だ」という実感
- コラム(5) テロより怖い民営化
- エピローグ
- 初出一覧
- あとがき
本書は、サブプライムローンが払えなくなったある家庭の、住宅差し押さえシーンから始まる。住宅ローンも住宅差し押さえも、もちろん日本にもある。しかし日本ではワーキングプアに住宅ローンが下りることはまずあり得ない。しかし、かの国では、自己破産した貧困層にすら貸し出す住宅ローンが存在していた。それがサブプライムローンである。
もし住宅価格が下がらないのであれば、最悪貸し手は住宅を差し押さえてしまえば損はしない。それならば誰に貸そうが問題ないはずだ。その考えがサブプライムローンの根底にあった。そこにおいて、借り手は金融というねずみ車の中の、ねずみに過ぎないのだ。
そんな「ねずみ」たちが、少なくともかの国には3650万人もいる。首都圏まるまる一個分だ。
その「ねずみ」たちの上にいるはずの中産階級も、いつ「ねずみ化」するかわかったものではない。彼らをそこに追いやるには、入院一回で事足りる。虫垂炎の手術、ニューヨークでは平均243万円で入院はわずか1日。日本では5日入院しても、30万円を越えることはまずない。手術そのものは、わずか62,500円だ。
ただし、これはあくまで費用であって、どちらの国にも保険があるので、被保険者はその全額を支払うことはない。日本ではほとんどの人が3割負担だろう。しかしかの国では、そもそも保険が自己負担。10割負担も珍しくないし、保険に入ろうにもカヴァー率の高い保険は当然値が張る。かの国で自己破産する人は年間140万人にも及ぶが、そのうちの半分が「病気破産」だという。このあたりの事情は「SiCKO」にも描写されている。
ひどい。たしかにひどい。が、ここまでは「まだ」日本の事情を量的にひどくした「だけ」と言えばそう言えなくない。しかし、かの国には質的に日本とは決定的に異なる貧困層事情が一つある。
軍と戦争会社である。
派遣社員の待遇が正社員よりもひどいのは両国とも共通しているが、しかし日本の派遣社員の派遣先に、海外というのは滅多にない。ましてや戦地ともなれば。グッドウィルやフルキャストが「ひどい」なら、トラック運転手をイラク派遣するKBRは何と評したらいいのだろう。
貧困から抜け出すのに、教育が欲しい?軍隊へようこそ。市民でなくても入れます。
以下は、そうやって2000年に州兵として入隊し、イラクに派遣された加藤さん(仮名)の台詞である。
P. 182でも日本人としてイラクに行ったところで、ニューヨークにある日本のメディアにはずいぶん追いかけられました。でも、なぜそんなに騒ぐんです?苦しい生活のために数少ない選択肢の一つである戦争を選んだ僕は人間としてそんなに失格ですか? たまたま九条を持つ日本に生まれたからといって、それを踏みにじったとなぜ責められなければいけないんでしょう?
この下り、人ごとには全く聞こえなかった。私も彼と同じ選択肢を選びかけたのだから。私の場合、たまたまもっと実入りのいい仕事が見つかったおかげでそちらに進まなかったが。
アメリカ社会が僕から奪ったのは二十五条です。人間らしく生き延びるための生存権を失った時、九条の精神より目の前のパンに手が伸びるのは人間として当たり前ですよ。狂っているのはそんな風に追いつめる社会の仕組みの方です。僕が米兵としてイラクで失ういのちと、日本で毎年三万人が自ら捨てるいのちと、どちらが重いなんて誰に言えるんですか?
「自分は自分、他人は他人」が日本よりずっと徹底しているかの国の人々も、さすがにこのことを無視できなくなってきた。今年はその国の最高指導者が変わる年。次の大統領は、かの国をどうするのだろうか。
だからどうだ、所詮外国のことだ、という見方も本書に対しては可能である。しかし、本書が示すかの国の今日の姿は、日本の明日としてありうる姿の一つとしてあまりにリアルだ。
それでどうする、はとりあえず後で考えるでいい。まずは、ただ読んでほしい。
Dan the Ex-Resident Thereof
サブプライム問題は、あっちだと家を手放せばローンから解放されるらしいがホントかな?
日本だと家を手放してもローンが残る……。