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破裂 (文庫版上下)
久坂部羊

ついに医療フィクションは「白い巨塔」を越えた。

日本人必読。特に40才以上は、介護保険の支払いを遅らせてでも読むべし。

本作「破裂」のすごいのは、医療という行為、特に高齢者の延命という行為そのものの善性に疑問符を打ったこと。「白い巨塔」はあくまで医者の倫理の話であり、その点は「チーム・バチスタの栄光」も変わらないが、本作では医療そのものの倫理を問うているのだ。

本作には、「白い巨塔」の財前や、「チーム・バチスタの栄光」の田口/白鳥のような明白な主人公は登場しない。その代わり、四人の主人公格の登場人物たちが、それぞれの正義を追求していく。

解説・大森一樹
医者の不用意なミスを追求するジャーナリスト、松野も正義感よりはノンフィクション大賞狙いの山師のようだし、それに協力する正義感のように見える医師、江崎が実は薬物中毒者。教授の椅子を狙う助教授の香村も『白い巨塔』の財前より一癖も二癖もあるワル。しかしながら、本書における白眉は、厚生労働省の大臣官房主任企画官、佐久間和尚という独創的なキャラクターであろう。

この人物構成は、まるで「白い巨塔」と「チーム・バチスタの栄光」を足したようである。香村が財前、江崎が里見、そして佐久間が白鳥に相当するが、本作が「チーム・バチスタの栄光」を越えているのは、白鳥があくまで既存の医療倫理を役人の立場で追求するのに対し、佐久間はその医療倫理をひっくり返すために厚労省を選んだことだ。

本作は、「白い巨塔」の出だしのように、まず香村の医療過誤を追求するところからはじまる。が、本当にすごいのは、香村の研究しているペプタイド療法の致命的な問題に、佐久間が自らの野望の実現のために目をつけたところにある。

このペプタイド療法を行うと、患者の心筋は強化され、患者のQOLは向上する。しかししばらく経つと、強化された心筋が仇となって、心臓が破裂してしまう。しかし、佐久間はそれを「副作用」ではなく「効果」と捉える。

ペプタイド療法を受ければ、ポックリ逝けるのだ。

佐久間の狙いは、PPP = ピンピンポックリを、国家単位で実現することにあるのだ。

日本に寝たきり老人が多いのはねぇ、日本人の心臓が強いからですよ。日本の老人は、脳血管が弱いからすぐ脳梗塞や脳出血で寝たきりになるが、心臓が強いから、寝たきりになってもなかなか死なないんですよ。アメリカやヨーロッパは逆なんですよ。ヤツらは寝たきりになる前に、心臓発作でどんどん死にますからな。介護負担もそれほど増えないんですよ。

本作の読後感は、同じく医師の手による「チーム・バチスタの栄光」のような爽快なものではない。陽の海堂尊、陰の久坂部羊といったところか。どちらが「面白いか」といえば前者だが、どちらが「読み応えがあったか」といえば後者である。

本作の解説において、大森一樹は本作の映画化を企画して会社に棄却されたことを明らかにしているが、本作は映画よりもTVの方が向いているように思う。本書の善悪の彼岸を越えた価値を、今のメディアが放映できるかははなはだ疑問ではあるのだけど。

だからこそ、読んで欲しい。今は読むしか本作には触れようがないのだから。

Dan the Impatient Patient