不幸かどうかはとにかく、あまりに起点が似ていて、あまりにその後が異なるので。

天才コンプレックス - shi3zの日記
なぜ僕がこんなに天才について興味があるかといえば、なんというか、まあ不幸な育ちに原因があると思う。

ここまでは、ほぼ一緒。

その言葉とともに、僕は知能指数に関してのレポートを貰った。そこには200に少し届かない数字が書かれていた。

しかし、こうはならなかった。

塾の学費が全額免除され、親は僕が興味を持ったものはなんでも買ってくれるようになった。最たるものは、パソコンだ。ファミコンすら買ってくれなかった父が、急に当時最新鋭のパソコンを買い与えてくれたのである。僕は事実上それを独占できた。僕にとってはかなりの幸福だ。

代わりに私の身に起きたのは、こういうことだった。

その31: 元オン・ザ・エッヂ(現ライブドア)最高技術責任者「小飼弾」氏 (「桜子の超気まま日記」PCVIEWメルマガ一覧(Footer Essay of Email Newsletter, Backnumber))

IQに関しては嫌〜な想い出があります。

まあ、たまたまだと思うんですが、高い数値が出たらしい。それで、2度受けさせられたんですね。IQの仕組みはご存知ですよね。適当に皆をテストします。平均値を100にして、標準分布になるようなグラフに書いて、そこから外れたのはテストし直さないとダメなんです。何かがおかしい、と。

それで小学校の教師が親父にそれをちくったみたいで、しばらくしたら親父は俺に指導をし始めるわけです。要は、星一徹モードになるわけですね。でも何かを覚えさせる、ということに関しては、子供の方が暗記力が高いでしょ?子供の方が早く覚えちゃうと親父は面白くないわけです。

息子がおつむ良さそうだから鍛えてみるか、と思ったら、息子の方が早くできるようになっちゃうわけです。で、面白くなくなっちゃう。私の方は、きちっとやって成果をみせれば怒られ(笑)、成果を見せないと怒られ(笑)。

父だけではなかった。中学校では、社会の時間に「海流はなぜおきる」という質問に、地球科学的に「太陽があって、地球が自転しているから」と答えたらそれが気に食わなかったらしく廊下に立たされた。正解は「風が吹いている」からだそうだ。二次方程式を(まだ解の公式を教わる前に)公式を使って解いたら×にされ、抗議したらやはり廊下に立たされた。因数分解を使うのが正解なのだそうだ。

母はその中学ではなく、東京の私立ないし国立に行かせたがっていた。

塾の理事長に呼び出され、国立大学附属小学校に転入するように強く勧められた。強要されたに近い。

しかし、父の意見は「泥水の中でもダイヤなら光る」というものだった。実にかっこいい台詞ではある。女と遊ぶ金を息子に取られるわけには行かないというのが実相だったのであるが。そうして私は泥水の中で、自分を持て余すようになる。

私にとって、天才とは天災以外の何者でもなかった。かといって、「能ある鷹は爪を隠す」(これまた耳に胼胝が出来るほど言われた)というほど器用にもなれなかった。何回かの自殺未遂と家出を経て、

404 Blog Not Found:小飼 弾 Errata, Addeda & FAQ
それも登校拒否のおかげです。実に有意義でした。卒業式(最後にオフィシャルに卒業したのってこんだけ。わはは)に、恩師の皆さんに「9年間の義務教育がいかに役に立たないかを徹底的に教えて頂きありがとうございました」と深々と頭を下げたのはよく覚えてます。

となるのは実に自然な成り行きだった。

404 Blog Not Found:オレの内申点ってどこいったんだろうなあ
5段階評価の通知表の評価から、どの教科もまんべんなく1づつ引かれていたのだ。どうせなら全部1にすればいいのに

となるのも、当然である。

その後の物語は、今までさんざん書いたり話してきたりしたことなので省略する。確かに私の人生の前半は、不幸で不遇だったかも知れないが、そのおかげでその後がずっと楽だったというのも事実だ。「世の中はなんて甘いところなんだろう」と思えるようになったのもそのおかげだろう。

しかし、以下のような世界も実は日本にあったのだということを知ると、今でも心がうずく。

悪問だらけの大学入試」 P. 217-218
私どもは「K会」という数学のエリート教室を開催している
ここで学ぶ内容は、生徒の能力によって進度に違いがあるが、平均的には中一から中二までの二年間で数学の基礎を、分かりやすく言えば、ほぼ高校までの全数学の領域を終えてしまう。
中三では大学の理科系の教養数学を渉猟する。高一・二では現代数学の最先端で遊ぶ。高二の冬になると放校になる。「世の中数学だけじゃないよ。大学入試ではほかの科目もあるんだよ、しっかり受験勉強しなさい」というわけである。この子たちは多分学校の数学の時間に退屈しているであろう、いわば上の方にはみだした子たちである。

彼らK会の生徒達が学んでいた同じ東京で、私は新聞紙にくるまって寝ては、留置場にぶちこまれたりした家出の日日を送っていたわけだ。そこへのあまりの近さと、そしてあまりの遠さにめまいがする。

小飼弾」でぐぐると、下の関連検索のところに「小飼弾 天才」なんてのが出てくる。ダンコーガイと呼ばれようが断固害と呼ばれようが平気な私であるが、これは正直堪える。家では父に殴られ、学校では廊下に立たされ、家出先では留置場にぶちこまれていたあの日日のことが思い起こされて。

Amazon.co.jp: 小飼弾のアルファギークに逢ってきた」 #10 Perl Mongers

DANKOGAI:正気と狂気の違いって何だろ?

JESSE:いまどき正気の人はいません。みんなどこか狂ってます。だから大事なのは、正気か狂気かじゃなくて…。

全員:役に立つ狂気か役立たない狂気か(笑)。

私は何とか自分の狂気を凶器でなく利器にすることが出来た。あなたの狂気もそうでありますように。

Dan the Insane, Usefully, Hopefully