ダイヤモンド社書籍編集局第三編集部加藤様より献本御礼。

すっかり書評が遅くなってしまったが、

数学推理もの - hiroyukikojimaの日記
かなり読みにくい部分や、解説がまどろっこしい部分もあるのだが、全体としてはとても面白かった。

に同意。数学そのものを解説した本と比べると読みにくいのだけど、しかしそれがどう役に立っているのかという点において、本書以上の本はなかなかないように思う。なにしろ本書が扱っているのは犯罪捜査、そして裁判という実学。数学の解説本は、教科書も含めどうしても「解説にあわせて問題を作る」ため「役に立った感」がどうしても弱くなるが、本書ではその「役に立ってる感」が実感できる。

本書「数学で犯罪を解決する」は、アメリカのTVドラマ"NUMB3RS"(日本でもFOX CRIMEで放映中)というフィクションをベースに、犯罪捜査や裁判で実際に使われる数学を検証するというノンフィクション。ベストセラーのフィクションを下敷きにしたノンフィクションというのは、Discovery Channelなどで非常によく見かけて、それなりに面白いのだけど、本書はそれが数学だという点で今までにあまり例がない。

目次 - 「本」の検索と購入より
    訳者口上
    序文:数学者が主人公??!!
    Chapter 1 ホットゾーンを発見:犯罪の地理的プロファイリング
    Chapter 2 初歩の統計で犯罪捜査
    Chapter 3 データマイニング:大量情報からパターンを抽出
    Chapter 4 予兆が初めてあらわれるのはいつ?:変化点検出
    Chapter 5 画像エンハンスと再現
    Chapter 6 未来を予測する:ベイズ推論
    Chapter 7 DNAプロファイリング
    Chapter 8 秘密:暗号づくりとその解読
    Chapter 9 証拠の信頼性は?:指紋に対する疑念
    Chapter 10 点をつなぐ:ネットワークの数学
    Chapter 11 囚人のジレンマ、リスク分析、対テロ対策
    Chapter 12 裁判所の数学
    Chapter 13 カジノでの犯罪:数字で胴元を負かすには
    Appendix NUMB3RS シーズン3までの数学的あらすじ
    訳者あとがき

本書の良心的なところは、数学がうまく応用できた事例だけではなく、そうでない事例もきちんと紹介していること。たとえばニューラルネットワークの事例では、戦車を識別させようとしたら天気を識別するものが出来てしまったり、指紋の事例では確率論が濫用されて冤罪判決を受け、後にそれをDNA鑑定で覆した例などもきちんと紹介されている。

個人的には、もう少し数式で表現できるところは数式で表現して欲しかった。その方が(見慣れれば)奇麗だし応用もしやすい。もっとも一般書では、英語でも日本語でもこのあたりが限界か、という印象もある。数式やプログラムの入った本というのは、どうしても高価になりがちではあるし。ハードカバー370ページで1,900円というのは、IT系ライターから見るとうらやましさを禁じ得ない価格設定だ。

あと、翻訳。訳者の山形浩生のサービス精神--またはその過剰--は、好みが別れるところだろう。よい点としては、コンテキストを一度きちんと消化した上で再構成しているので、原著をただ訳したものより理解しやすい。欠点としては、その過程で著者の言説と訳者の注釈を峻別しにくい。訳者が目立ちすぎてしまうのだ。本書に関しては、好みよりも山形節がちょっと強すぎたように思う。訳者あとがきの参考文献まではありがたいのだけど、原著のメタ解析は訳者の領分を逸脱しているのではないか。そういったことは、自著や自分のサイトを使った方がつかうべきだと思う。

それにしても、NUMB3RSのような良質なドラマは、良質であるがゆえの問題も抱えている。登場人物の超人化、だ。実際のところ、本書に登場する数学は、実に多くの人によって構築、発展したものなのに、NUMB3RSではどうしてもチャーリー・エッブス一人に「数学担当」が「過集約」されてしまう。登場人物の「使い分け」、もしくは「使い捨て」が、制作者のみならず視聴者にもコスト高になってしまうというのがその理由だが、おかげで「江戸川コナンの周りは死体だらけ」みたいな状況がどうしても発生してしまう。ドラマだと割り切ればそれまでなのだけど、結構ドラマの超人たちのおかげで、現実の専門家に過剰な期待がかかってしまうというのも確かだし、その結果その期待に応えきれなかった専門家が職務怠慢のそしりを受けるというのは、医者や弁護士だけの話ではもはやないのだし。

リアルな人物の属性や業績を、フィクションの人物に重ねすぎると、その人物はアンリアリスティックにならざるを得ない。NUMB3RSも、その点においては「普通」のドラマではある。だからこそ、本書のような「ドラマと現実とのギャップ」を埋めてくれる本が必要なのだろう。NUMB3RSを視た人もまだの人も、ぜひ一読を。

Dan the Mathphilia