なんとも不思議な絵だ。
表紙を見た時には、「この七瀬はありえない」と感じたのだが、読了したら「納得」させられてしまった。
と同時に、「書評 - SF入門用ベストテン」で七瀬三部作を紹介してしまったことをちょっぴり後悔した。
「生七瀬」はあまりにも危険だから、だ。
本作「家族八景」は、七瀬三部作の第一作を漫画化したもの。そして七瀬三部作というのは、ヤバい作品ばかりの筒井康隆の作品にあって、もっともヤバい作品の一つである。
筒井作品の特長は、なんといっても神経直結度の高さである。筒井作品をひも解くというのは、単に「読む」という行為を超え、文字通り追体験となる。いや、どんな物語も追体験といえば追体験なのだが、これが筒井作品においては、単に作品世界に入って見聞きするという生易しいレベルではなく、登場人物に神経を直結されるのである。そこであなたは、視覚と聴覚のみならず、嗅覚、味覚、そして触覚をも乗っ取られる。
「蟹甲癬」をひもとけば、あなたは脳を蟲にゆっくり食われていくかゆみを味わい、「陰悩録」をひもとけば、あなたは陰嚢を締め上げられる痛みを味わい、「最高級有機質肥料」をひもとけば....リストは途切れることを知らない。
筒井作品の凄さは、この「マルチメディア」でも伝えられない五感の残り三つをも読者の脳内で再生してしまうことにある。
下巻 「家族八景」解説(筒井康隆本人による)「多くの読書は有害である」と答えたわたしに賛成して下さるだろうか。
筒井作品、それは読む劇薬である。
その中でも、七瀬三部作の毒性はとびっきりだ。なぜなら、同作の主人公、火田七瀬はテレパス(telepath)だからだ。あなたは七瀬に直結することで、七瀬本人だけではなく、七瀬が読む他者の心とも直結する。あなたは七瀬を通して弄ばれ、殴られ、犯され、黄泉がえさせられ、最終作「エディプスの恋人」に至っては、宇宙と同化させられる。七瀬を通して、あなたは「ヨブ記」のヨブ(Job)となる。「掛け金をかける」には本を無理矢理閉じるしかないが、まず無理だろう。
あなたが火田七瀬でない限り。
そう。火田七瀬は実に勁い女(ひと)なのである。「掛け金をかける」術を知っているということそのものが、その何よりの証拠である。彼女は物語にただ翻弄されるだけの存在ではない。この勁さなくして、あの三部作を乗り切ることは出来なかったのだ。
で、本作である。表紙を見てのとおり、本作の七瀬はそれほど勁そうに見えない。むしろ「七瀬再び」を演じた多岐川裕美や、その漫画化作品である「NANASE」の方が、七瀬っぽい。
しかし、「家族八景」の頃の七瀬は、まだ少女であった。テレパシーを通して他者の人生を追体験し、実年齢とは比較にならないほど成熟した精神の持ち主ではあっても、まだどこかに「おぼこくさい」ところを残した、少女だったのだ。
本作は、そのことを改めて思い起こしてくれた。七瀬にも、「かよわく」「いたいけ」な時代があったのだということを。
しかし当時家政婦だった七瀬の雇い主たちは、そんな七瀬がテレパスであるとは思いも知らず、その「生臭い」思考を押し付けてくる。時には「掛け金もかけられない」ほど強く。この生臭さをどう表現するかは、主人公七瀬がどう描かれるかの次に興味を抱かずにはいられない事柄であるが、この「処理」に舌をまいた。
刺激臭がないのに、しかし生臭いことははっきりと伝わるのだ。これはご覧いただくしかない。筒井康隆本人が褒めるわけだ。
もう一つ、本作の刺激臭がない理由が、七瀬が描かれているということそのものにある。七瀬三部作は、いずれも三人称で書かれている、七瀬は「七瀬」と表記され、「私」ではない。しかしそこから受ける印象は、むしろ一人称小説のそれである。七瀬は確かに三人称で表記されるが、七瀬がそこにいない、あるいはテレパシーで感応していない場面というのはほぼ皆無。もし七瀬三部作を忠実に映画化するのであれば、カメラは七瀬の視点で固定しなければならないはずである。
さすれば、七瀬の艶姿を見られるのは、七瀬自身が鏡や他者の視点を通して自分自身を観察する時に限られるはずである。
本書は幸いにしてそうなっていない。私は本作の前には清原なつのという漫画家は知らなかったが、本作を読んで他の作品も入手してみた。実に独特の、「角のない」絵なのに、強い世界感を表現する漫画家である。こういうのも何だが、本来であれば原作付きの漫画を描かせるには、あまりに個性が強い、そんな画風だ。
むしろそのおかげで、本作は原作にあくまで忠実でありながら、あくまで清原なつの作品に仕上がっている。物語に忠実でありながら、物語に負けていない。七瀬とはやや異なる意味で、勁い。一コマ目で「なめこ線きゃっさば駅」からおりてくる三つ編みの小娘をみたときには「なんてこったい」だったが、読み進めるにつれ「こういう七瀬も、よし」となってしまった。
筒井版七瀬と清原版七瀬とどちらが「楽」かといえば、圧倒的に清原版である。これなら七瀬に釣られて嘔吐する羽目にはならない(私は過去何度も七瀬と共にゲロったものだ。それくらい恐いのだ実は)。七瀬体験は、本作から始めるのがよい。私だけではなく筒井康隆本人もそう言っている。しかし本作でとどまって欲しくない。本作で慣れたら、是非次は三部作にとりかかっていただきたい。
掛け金を、外して
Dan the Fan Thereof






今のマンガ界は広すぎるよーOrz