新潮社後藤様より献本御礼。
献本頂いた時点ですぐ書評するつもりだったのだが、その時点で書影がなかったので後回しにしておいたら山口先生に先を越されたorz.
本書「「心の傷」は言ったもん勝ち」は、精神医である著者が、被害者意識の濫用を諌めた本。なのだが、率直に言ってあまり説得が上手とは言えない。著者は「おもてなしの経営学」の中島聡とは別人である。念のため。
目次 - 中嶋聡『「心の傷」は言ったもん勝ち』|新潮社より- はじめに
- 第1章 朝青龍問題と「心の病」
- 朝青龍はサボったのか / 疾病利得とヒステリー / 解離する意識 / 「心の病」の大膨張 / 新顔の「PTSD」 / 世の中のものさし / 「心の傷」は大問題なのか / 朝青龍の責任能力
- 第2章 軽症ヒステリーの時代
- 病名が患者を増やす? / 「しっかりしろ」は禁句か / 軽症ヒステリー患者たち / 「適応障害」は後づけ / 「心療内科」への誤解 / 「ギャンブル依存症」は存在しない / 自助を助ける
- 第3章 セクハラは犯罪だろうか
- セクハラに関する疑問 / 息苦しい論理 / 増殖する「ハラ」 / 相手が嫌なら「セクハラ」か / 被害者がすべてを決める / ふざけてはいけないのか / 単純化する思考
- 第4章 理不尽な医療訴訟
- 医療訴訟の問題 / 医師の説明責任をめぐって / 治療の押し売りはできない / 医師の裁量が認められない / 患者と司法が医師を殺す
- 第5章 被害者帝国主義
- 「でっちあげ」の恐怖 / 「傷ついた」の万能性 / 「被害者帝国主義」の誕生 / 被害者の圧倒的有利
- 第6章 「辺縁」を生かす
- ナースキャップが消えた / 消された理由 / 本当に不要だったのか / 消え行く名称 / 賭け麻雀は違法か / 「辺縁」を考える / 「お」が付くか / 裁量を許す社会 / 患者様
- 第7章 精神力を鍛えよう
- 強い個人になるために / 西本育夫君の話 / 「にもかかわらず」の能力 / 精神力を鍛える七つのポイント
- おわりに
日本に限らず、最近の先進国の息苦しさの理由の一つに、「被害者」認定のあまりの簡便さと、それによる「加害者化」リスクの増大があることは否めない。セクハラにパワハラ、DVに医療過誤....まるで強者というのはそれ自体が罪であるかのごとくである。
著者はこれを「被害者帝国主義」と呼び、事例を上げつつその弊害を論じている。それを論じること自体は異論はないし、女性専用車両など、明らかに行き過ぎた事例がある以上誰かが言わなければならないということにも同意するのだが、残念ながら本書の語り口は、被害者の告発を諌めるというよりは火に油を注いでいるように感じられてならない。
その例の一つが、「西本育夫君の話」。これはスパルタ教育が功を奏した例として挙げられているのだけど、16歳でそのスパルタ親父が交通事故で亡くなり、育英基金で苦学して医師となり、渡米して毎日17時間研究に打ち込み、慶応の教授となって....45歳で胃癌で亡くなるのですね。
これ、プロジェクトX好きなオヤジには受けるかも知れないけれど、プロジェクトXが嫌いでない私ですら、「立派な人生でした」という前に、「この人の人生は何だったのだろう」と思わずDNBKぎみになった。自分に厳しいのはいいけれど、この御仁はいつ人生を楽しんでいらしたのだろうかと。どこの星飛雄馬ですかと。
「運命を呪わない」ことを主張するのであれば、西本育夫氏よりも「最後の授業」の Randy Pausch の方が受け入れやすいのではないか。「言ったもん勝ち」という言葉で「告発自重」を迫るよりも、「笑ったもん勝ち」の方がよいのではないか。
被害者メソッドには、確かに重大な欠点が一つある。それは、加害者が富者でないとまるで成り立たないことである。加害者に充分な賠償能力がある場合というのは実のところそうはない。「ない袖は触れない」となれば、被害者がそれ以上救われることはなくなってしまう。そして賠償能力がある者が「被害者」によってたかって「むしられる」のであれば、能ある鷹たちはますます爪を隠すしかなくなる。
別に泣き寝入りを勧めているのではない。もしあなたが確かに被害を受けていて、加害者が明白で、かつ加害者が強権的に被害をもたらしたのであれば、あなたは告発するべきであるし、それが認められるのが正義(just)というものである。
しかし、針小棒大に被害を喧伝する例もまた少なくないし、そして「被害者による被害」が目に余るようになってきたというのも事実ではある。特に女性専用車両というのは目に余る。民主主義の大いなる退歩だ。Martin Luther King が見たらなんというだろうか。
だからこそ、著者の「オヤジくささ」が気になってしょうがない。他に言いようはあるはずである。「被害者帝国主義の滑稽さ」を指摘するのであれば、本書より「さよなら絶望先生」の方を薦めた方がよさそうだ。こちらなら被害者も笑って納得してくれそうだし。
Dan the Potential Victim -- of His own Success
パワハラ人間なので何の説得力もありません。