日経BP川口様より献本御礼。

サバイブSNS第1回オフ会当日に届いた。なんというシンクロニシティ。

現時点において、最貧国問題に対する処方箋としてはもっとも説得力のある一冊だと感じた。

本書、「最底辺の10億人」は、まず世界を「先進国」「発展途上国」そして「底辺国」の三つに分けた上で、本書のタイトルともなった、底辺国の10億人に対して何をすべきかを説いた一冊。

目次 - 日経BP書店|商品詳細 - 最底辺の10億人より
はじめに
第一部 なにが本当の問題なのか?
第一章 脱落し崩壊する最底辺の一〇億人の国
第二部 これらの国を捕らえる数々の罠
第二章 紛争の罠
第三章 天然資源の罠
第四章 内陸国の罠
第五章 小国における悪いガバナンスの罠
第三部 グローバル化がもたらしたもの
第六章 世界経済の中で好機を逸する最貧国
第四部 われわれのとるべき手段
第七章 救済のための援助となっているのか?
第八章 軍事介入
第九章 法と憲章
第10章 周縁化を逆換させる貿易政策
第五部 最底辺の10億人の国にとっての戦い
第11章 われわれの行動の指針
本書が基礎とした資料
訳者あとがき

本書の注目すべき第一点は、「発展途上国」を文字通りの意味で使っているという点。これらの国々は先進国ほど豊かではないけれど、しかし確かに発展の途上にある。「後進国」では決してないのだ。BRICsもVISTAもここに入る。著者も言うように、

P. 24
たとえ依然貧しくとも、希望に満ちている。時の流れは彼らの側にある

のだ。

問題は、その発展から取り残された国々にある。その数およそ10億人。これは著者の分類による先進国/地域人口とほぼ々だ。なぜこれらの国々が発展から取り残されてきたか。著者は4つの罠を指摘する。

  1. 紛争の罠
  2. 天然資源の罠
  3. 内陸国であることの罠
  4. 劣悪なガバナンス(統治)の罠

第一の罠は、援助資金や物資を武器へと買えてしまう。第二の罠は、独裁者に資金源を与えることで、為政者が国民を蔑ろにすることを許してしまう。第三の罠は、援助を届けることを難しくしてしまう。そして第四の罠--実は先進国ですら抜け切ったとは言えない罠--は、本来国民のものであるはずの国富の私物化を、為政者とその取り巻きたちに許してしまう。

著者の指定した底辺国には、これら四つの罠が複数存在し、自助と援助を無力化しているというのが著者の指摘である。このことに異論はないが、それを指弾する著者の口調の激しさに少し驚く。本書には「ポン引き」や「売春窟」といった言葉が遠慮なく登場する。

その上で、著者はまず「貧困の終焉」を批判する。

P. 311
現在左派が大々的に喧伝するのはジェフリー・サックスの著書『貧困の終焉』である。私もサックスの行動への情熱的な呼びかけには同意するが、彼は援助の重要性を過大評価しているように思える。

そして返す刀で、"The White Man's Burden"(白人の負担)も切っている。

P. 312
現在右派が大々的に喧伝するのは、経済学者ウィリアム・イースタリーの著書『白人の負担』である[弾注:現時点では未翻訳]。援助ロビー団体の錯覚を嘲笑する点ではイースタリーは正しいだろうが、サックスが援助の成果を過大評価するのに対して、イースタリーはそのマイナス面を誇張し過ぎ、ほかの政策の展望を軽視する。

その上で、著者自身の提言をしているのであるが、その際にロールモデルとして登場するのが、「戦争の経済学」でも取り上げられたシエラレオネのケースである。

P. 299
世界経済の観点からすると、有効な平和維持活動はきわめて経済的に効率のよい政策だ。シエラレオネでのイギリス軍の経験から推定すると、似たような諸国12カ国に対して似たような軍事介入を行えば--紛争が終わってからの話で、平和維持活動としての介入だが--費用は48億ドルだが、そこから生まれる経済的な利益は3970億ドルにものぼるとされる。

著者の提案は、どちらかというとサックスの提案に近いが、最も異なるのが武力の扱いで、著者はこれなしに第一の罠と第四の罠の解除は難しいと指摘する。経済というアプリケーションを起動するためには、法と秩序というOSをまずインストールしなけばならないというわけである。

妙案、ではない。ましてや銀の弾丸ではない。それだけに、著者の主張には説得力がある。

本書には日本はそれほど登場しない。欧米とアフリカの関係、いや因縁を述べるために紙幅が尽きてしまったためであるが、その代わり登場する場面において、著者がよせる期待は大きい。

P. 300
例えばドイツと日本は永遠に彼らの歴史の影に隠れていることはできないし、国連安全保障理事会に入っていないことを不参加の口実にすべきではない。日独は大国であり、果たすべき需要な役割を持っているはずである。

で、ここからは私の考えなのだが、日本はアフリカ復興に最適なのではないか。なんといっても日本はアフリカを植民地とした歴史がない。これは切り札級のカードだ。本書には何度か「贖罪」という言葉が出てくるが、欧州によるアフリカ援助が一筋縄で行かない理由がこれである。日本と東南アジアの関係がぎこちなくなりがちな理由に似ているが、欧州とアフリカの因縁はさらに深く、それが「正しい行動」の妨げになっていることは否めない。ジンバブウェで起こっていることは明らかに正しくないが、しかしそこをかつて植民地とした英国がそれを言っても「おまえが言うな」という返事が待っている。

そしてもう一つは、それによって救われるのがアフリカ人だけではないことである。日本の貧困を一緒に救うことも出来るのである。

Oprah talks to graduates about feelings, failure and finding happiness
if you're hurting, you need to help somebody ease their hurt. If you're in pain, help somebody else's pain. And when you're in a mess, you get yourself out of the mess helping somebody out of theirs.
404 Blog Not Found:惰訳 - Stanford Commencement by Oprah Winfrey
傷ついたのであれば、傷ついた他者の傷を癒しなさい。痛いのであれば、他者の痛みを和らげなさい。混乱のさなかにいるのであれば、混乱の中にいる他者をそこから助け出しなさい。

今日の日本の貧困は、金銭的貧困も去ることながら、心理的、すなわち「誰かの役にたっている」という「承認の貧困」も大きい。すでに「よくなってしまった」社会において、「社会をよくしていく」という役割はどうしても少なくなる。国内向けの社会起業の需要は確かにあるのだけど、それで全員を「役立てられる」かというとそこまで大きいようには見えない。しかし、この点においてアフリカという「マーケット」は実に広大なのである。

北海道洞爺湖サミットで、こう提案したらどうだろう。「アフリカは日本にまかせろ」、と。その代わり、「北朝鮮をよろしく」、と。双方とも、歴史的因縁がないところを援助するのである。クロスエイドとでも言おうか。

もっとも、これだとミャンマーなど、両方の因縁があるところをどうするかという問題もなくはない。しかし例えばブラジルにこれをまかせるということも可能なのではないだろうか。

もしかして、これは先進国の貧困を救う、最も冴えたやり方なのではないだろうか。

Dan the One of the Top Billion