こりゃ、いいわ。

初出2008.07.20; 都度更新

普通で、明るいところが。

本作「麻酔科医ハナ」は、麻酔科医になって二年の「かけだし麻酔科医」、華岡ハナ子のコメディ。第一話を以下で読む事が出来る。

本作がなんといってもいいのは、「普通」の麻酔科医を、「ベタ」に描いていること。まず主人公の名前からしてベタだ。もちろん世界で初めて麻酔手術を成し遂げた華岡青洲その人から取っている。第一話も相当ベタだが、残りも期待を裏切らない。

そう、「普通」。これは医療マンガとしてはむしろ異例だ。「ブラックジャック」のように凄腕のモグリではなく、かといって「ブラックジャックによろしく」の齋藤のように、まだ専門も定まっていない研修医でもない。

この「普通」の「異常」ぶりは、他の作品も列挙してみるとさらにはっきりする。「Dr.コトー診療所」、「医龍」、「スーパドクターK」....いずれも主人公はスゴ腕で、扱う症例はスゴ腕でないと乗り切れないものばかり。これらの「凄腕医師モノ」を見ると、一つ重要な共通点がある。

主人公が、男なのだ。

実のところ、これら「凄腕医師モノ」は、その構造において「ジャンプ格闘モノ」と変わりないのだ。スゴ腕の主人公がいて、ライヴァルがいて、より強敵に立ち向かう。そこに置ける医者は、その点においてあくまで男の子。この点が最もベタだったのが、医者が原作者だった「メスよ輝け!」だったというのも面白い。

しかし、本作の主人公は、女医である。で、私が見たところ、「普通の医師を描いた医療モノ」では、必ず女性が主人公なのだ。「研修医なな子」もそうだった。主人公が医師のものに限ると、これでほぼリストが尽きてしまうのだが、看護師モノまで見ると、この傾向がはっきりと見てとれる。「ナースコール」に「おたんこナース」に「Ns’あおい」、彼女たちはナースではあってもスーパーナースではない。

この傾向をもっと考察すればちょっとした漫画論の一章ぐらいは書けそうな気がするが、本entryはあくまで本作の紹介なのでここまでにしておく。一つ言えるのは、ある世界の普通(ordinary)をきっちりと描いたものは、別に超人を出さなくとも普通以上(extraordinary)に面白い、ということだ。そしてその普通を描くには、どうも主人公は女性の方がよいようなのだ。これが男性だと、ドラマの中で普通であることはなぜか大罪になってしまう。腕がなければ腎臓さしだせってどんだけだよ。

ただし、「その世界における普通」が面白くなるのは、「その世界の外」とのギャップがどれだけあるかということと、その世界のディテールがどれだけ描けているかというのが鍵になる。前者はとにかく、最近の医療マンガはこの点において「ブラックジャック」の頃とは格段の違いがある。医師が監修していないものはほぼ皆無で、本作に至っては少なくとも六名もの医師が制作に携わっている。「現実はこんなんじゃない」という心配はあまりしなくていいだろう。

本作のディテールで笑ってしまうのが、文房具。薬屋の名前が必ず書いてあるのだ。小道具にも目配せしてみよう。とくにシュリンジは見逃すな!

なお、マンガが苦手な人には、こちらの「手術室の中へ」がおすすめ。読み返してみたのだが、本作のディテールへのこだわりを改めて確認することができた。

それにしても、麻酔科医の立場というのは、ネットワーク管理者に他人事とは思えぬほど似ている。外科医たちとの確執^H^H関係なんて、Webプログラマーとの関係にクリソツだし、人手不足なところも、「出来て当たり前」なところも。

それでもまだ鯖を殺しても人は死なないというのが今までだったけど、今後はそうも行かなくなってくるだろう。実際医療の現場でだって、コンピューターネットワークは使われているし、医療でなくとも「落ちるとヤバイ」ものは増えている。

そういう彼らにかける言葉は何が相応しいだろう。「がんばって」はどうもしっくり来ないが、「お大事に」じゃ患者だし。自分は医者にたとえると、外科と麻酔の両方をやってきて、今もやっている。その私にしてからが、いまだに「これだ」という言葉を見つけられないでいる。

一つ確かなのは、こうした仕事というのは確かに誰かがやらなければならない仕事で、しかし誰かが説明しなければなぜ必要なのかが分かりづらい仕事だということだ。そういう仕事を紹介するのに、マンガというのは確かに最適だ。グッジョブ!

Dan the Impatient Patient