理由を教えてあげよう。

没落エリートの出現?ビジネス社会から疎外される高学歴就職難民たちー - 女。京大生の日記。
主要な企業における2009年新卒採用活動はほぼ終了し、2010年新卒採用の動きが活発化している今日、就職活動は一生懸命しているにもかかわらず、就職先が見つからない、あるいは、希望の就職先に内定をもらえず不本意な企業に内定し悶々とした日々を過ごしている高学歴大学生がここ京都大学に存在する。

君たち高学歴大学生たち=第二種バカだからだ。

バカには、以下の二種類がある。

  1. はさみと同様に使いようがあるバカ
  2. 死ななきゃ直らないバカ

言うまでもなく、第二種は後者。

そもそもこの21世紀に「高学歴=エリート」と思い込んでいるのがイタい。京大には毎年3000人も入学する。東大はそれより少し多い。他の大学も比べれば、仮に「学力=就職力」と見なしても、自分と同程度の「力」を持つ奴は1万人程度はいるということになる。少なくとも学校を出た時点では、君たちは「その他大勢」に過ぎないんだよ。

しかし、これはあくまで定量的な問題。定性的な問題として、高偏差値大学の卒業生というのが、その時点では「人が作ったゲームの高得点者」に過ぎないということがある。高学歴に対して就職を優遇されるべきというのは、高橋名人(って言ってもわからないかも知れないけど、かつてのヴィデオゲームの達人代表)を無条件で採用せよと言っているに等しい。

たしかに人の作ったゲームを懸命にプレイしていればいい時代もあったし、そういう分野も残っている。しかし今求められているのは、ゲームそのものを作れる奴か、最高得点以上の点数をとっても平均得点分の給料で満足してくれる奴のどちらか。

本当のところ、君にはゲームを作る才能もあるのかも知れない。1000点取っても100点分どころか80点分で満足するのかも知れない。しかし今のところ君が証明したのは、「京大ゲームをクリアしました」ということだけ。すなわち、外から見たら「死ななきゃ直らないタイプのバカ」にしか見えてないってこと。

京大からはそうみえているのか - 雑種路線でいこう
という訳で、せっかく優秀な頭を持って産まれた高学歴の方々には、もちろん就職活動を頑張ってもらうのも重要だけれども、確率的に就職できない可能性も見越してコンティジェンシープランを立てるべきだよね。

だからさあ、楠さん、そうやって前途ある若人を口先だけで甘やかすの、やめようよ。はっきり言おうよ、「あなたバカ」だって。だってそうだもの。学校を使わないと自分の優秀さを証明できないどころか、学校を通してしか自分の優秀さを証明できないと思い込んでいるほどの、バカなんだから。

没落エリートの出現?ビジネス社会から疎外される高学歴就職難民たちー - 女。京大生の日記。
超売り手市場と言わる新卒就職市場においても、就職するのに四苦八苦する高学歴就職難民たち。これは、個人の問題ではない社会の問題である。

優秀なんでしょ?それくらい社会の問題にしないで自分で解決したら?

「優秀な頭」ってものすごく定義が難しそうで、私もそう思っていたのだけど、この年になってやっと言葉に出来る程度にわかった。気がついてみれば簡単なんだよそんなの。

頭がどれだけ優秀か、というのは、どれだけのことを自分ごととして頭がとらえられるか、ということ。裏を返せば、それをどれだけ社会ごとという名の他人ごととして頭がとらえるかが、バカの度合いということ。

京大からはそうみえているのか - 雑種路線でいこう
はてダ止めちゃった本田由紀さんの言説でどうしても納得できなかったのが、学校の理屈で企業社会を批判し、学校での努力が企業での栄達に結びつくべきで、そのために教育も企業も変わらなきゃならないと主張していることだ。

ひとことでいうと、本田由紀さんは、自らのバカをカミングアウトしちゃったというわけか。

確かに社会が優秀になればなるほど、その構成員に求められる頭のよさは低くなる。しかし「バカでもOK」と「ここまでバカになったのだからバカであることに対して褒美をよこせ」というのは全然違う。私は社会がよりバカに優しくなってくれることを望むけれども、バカであることに褒美を出す社会はダメだと断言する。この二つを取り違えるのは、社会にとって致命的にバカな過ち。

Dan the Uneducated & Unfooled