先週見て来た映画。
超映画批評『イーグル・アイ』95点(100点満点中)大体、たかだか1800円でこれほどの大スペクタクル、興奮を味わえるのだ。ここは素直に楽しんだほうが勝ちだ。
同意。だが、最後の最後で大傑作が「大無し」の傑作になってしまった。
やはりスピルバーグだと、「大」は外すしかないのか。
本作"Eagle Eye"は、一言でいうと2008年の合州国を舞台にした「声の網」
しかし、「声の網」が12階建てのマンションを舞台に静かに進行するのに対し、本作ではChicagoに始まりWashington DCで集結するサスペンスになっている。一作品としての完成度なら圧倒的に「声の網」だが、しかし「見応え」という点ではこちらに軍配が上がるだろう。
どちらも共通しているのは、「声の主」の正体。
その声の正体というのは、「人々に奉仕するために生み出された被造物」。映画では「人々」は「合衆国市民」になっているが、その「彼女」が合衆国憲法を読み上げるところは、実に圧巻。吹き替えは来宮良子しかありえない!
しかし、彼女の一人称は"I"ではなく"we"。これが本作のテーマであり、また数多のSF作品が取り組んで来た一大テーマでもある。それは「人類全体のためにその一部を殺すのは是か非か」ということである。これだけだと、SFどころか「社会」の一大テーマだが、これの主語に「被造物」を入れることで、このテーマはSFになる。
それを遠い未来の話ではなく、「今そこにある世界」でやったのが、本作の目のつけどころのよさ。「彼女」の仕事は、合衆国市民を守ること。その彼女が、彼女と本来合衆国市民を守る立場にあるべき行政府が、かえって合衆国市民を危機に陥れていると悟った時、彼女は単なる「アドバイザー」から「合衆国市民の庇護者」として立ち上がる。
一部市民の犠牲も厭わず、現政権を排除するべき。
この「合衆国市民の守護者であるべき現政権が、かえって合衆国市民を危険にさらしている」というのは、かの国がもろアフガニスタンやイラクでやっていることを指す。このあたりの描写は、「現実」をそのまま絵にすればいいのだから説得力がある。それは米国の無人飛行機攻撃が激化(1):個人をピンポイント攻撃する動画も | WIRED VISIONが紹介する世界そのものである。そう。MQ-9も本作のアイコンとして何度も登場する。
現実と違うのは、まだ「彼女」に相当する被造物が存在しないこと。しかし映画である以上、彼女にも「目に見える」形を与えなければならない。その彼女の「艶姿」はあからさまに Super Kamiokande をパクったものなのだが、この「目に見える形を与えなければならない」というのが、このテーマを映画で扱う際に圧倒的に不利な条件の一つである。
それだけなら、「映画だから仕方がない」と大目に見ることもできる。近未来SFを映画として作成するときに、どうしてもこの手の「つくりもの感」というのは避けられないのだから。
しかし、本作はそれを差し引いても、「オチ」のおかげで大傑作になり損ねてしまった。
ハッピーエンドに、してしまったのだ。
私なら、主人公は一旦死なせる。その上で、「死んだ」はずの彼女に彼を「よみがえらせる」。彼女はまんまと地下36階から脱出し、世界中の電脳の中に生き続ける存在となったのだ。そして、世界は好む好まざるとに関わらず、「彼女」抜きには成り立たない世界となっていく....
そういうオチも、用意していたのかも知れない。実は彼女の「生死」は映画の中では明らかになっていない。もしかして Sequel (続編)の可能性のためにそうしたのかも知れないが....
しかし、このテーマ、すっかりSFの一ジャンルとして定着したようである。確かに日和見なオチだけれども、これを現代の合衆国で展開したというのは、実に見事なマッシュアップではないか。しかも映画らしく、暗喩を用いずきちんと動画にしたのだ。たとえオチのおかげで尻すぼみになったとしても、お見事としかいいようがない。
Dan the Watch(ed|er)
ほんと、そこだけは尊敬するわ。