集英社新書編集部より献本御礼。

TVでは見えない(いや、下司なりに勘ぐると編集でカットされてしまった)大槻教授の姿に触れることが出来る良本。著者を継ぐ人が是非出てほしい。

本書「大槻教授の最終抗議」は、ご存知「火の玉教授」の「懺悔」。そこにいるのは舌鋒鋭くオカルトやえせ科学を糾弾する、「空気が読めないマッドサイエンティスト」ではなく、父の死を「虫のしらせ」で知り、「ひかりもの」を見て「出世できない」と言われて育った一人の弱い少年であり、そのエピソードを評判を気にしてなかなか口に出せなかった「一介の職業科学者」であり、そしてオウム事件までは利己的な動機でオカルトと戦うふりをしてきたと告白する一人のか弱い人間である。

目次 - Amazonより
第1章 私が「迷信」から脱却した道
第2章 火の玉研究者への道
第3章 占星術を打破する科学の根拠
第4章 日本に同じ血液型の人間は二人としていない
終章 「迷信」と闘う科学者は、だから必要

その著作にかなり触れて来たはずであるにも関わらず。本書を読むまで、私はなぜか著者がもっと若い人かと思っていた。著者は1936年生まれ。実は戦争を知っているのだ。著者の父は、「どうせ負け戦だと思っていたが、おれに招集が来るようじゃ終わりも近いな」という言葉を残して、戦地で亡くなる。そのときの「虫のしらせ」体験が、著者の「超自然的」体験の原点なのだ。

やはり戦争を知る人の言葉というのは一段重い。

その後の「ひかりもの」と火の玉の研究に関しては、著者の活動を通して我々がよく知っているものであるが、その一つ前の「虫のしらせ」は、火の玉の「虚像」もあってかなかなか語れなかったそうだ。本書で著者はこの「虫のしらせ」に対しても科学的な説明をしているが、しかしはじめからそうできるほど「強い人」ではないのだ。

そこが、いい。

「虫のしらせ」に「ひかりもの」。著者の原体験は科学よりずっとオカルトよりだ。そんな著者がどうやってそうはならず科学を志すことになったのか、本書で是非追体験してほしい。本書は、弱かった著者が科学を通して強くなっていく記録でもある。はじめから強かった人のそれより、ずっと共感しやすい。TVが著者を「はじめから強かった人」という印象を与えてしまったのは、視聴者にとっても著者にとっても不幸なことであったと思う。

そんな著者の真骨頂は、やはり最終章。迷信と戦うのは科学者の責任だと著者は言い切る。

P. 153
 ともあれ日本の科学者たちは、今なおあきれるほど無責任である。かつて日本の科学者は、世界中の同業者から「かわいそうに」と同情されていた。研究費が非常に少なかったからだ。しかし、それはもう昔の話。
 今や科学者一人当たりの研究費は、日本が世界一である。国家予算からの配分、民間企業や財団からの資金など、潤沢な研究費が流れてくる。理工学部でいえば、教授一人につき年間八〇〇〇万ぐらい。ちなみにアメリカの理工系科学者のそれは、平均六〇〇〇万円ほどである。
 研究費の他、給料があり、研究室の維持・管理費用も別立てで賄われ、準教授、助教、秘書などの人件費も支給される。それほどの金を使わせてもらう人間の責任が、単に「いい製品を作る」ことだけではすまないだろう。
 自分のポケットマネーでプライベートな研究をしている科学者なら、「エセ宗教者や霊能者などに関わりたくもない」と言えるかもしれないが、国や社会から手厚く保護されている科学者なら、もっと社会的な発言をしていかなくてはならない。遅まきながら、オウム事件がきっかけでそう考えるようになった。

一納税者として、私はこれを支持せずにはいられない。

Dan the Taxpayer