3日あたりから熱が上がりっ放しなので、正しく読み書きしている自身はないのだけど....

第二次世界大戦後は、

賃金を下げれば失業率は下がる - 池田信夫 blog
賃金が上がれば労働需要が減る

は事実でも、

賃金が下がれば労働需要は必ず増える

は事実でないような気がする。

どういうことかというと....

需要が増える
↓
賃金が上がる
↓
技術革新が起こる
↓
雇用が増えぬまま、供給力が上がる

というサイクルがあるから。そう。技術革新という「詰め車」がそこにあって、需要増が雇用増に直結しなくなった。

それでも雇用減にそう簡単にはならなかったのは、それをも上回る需要増があって、そこで雇用が吸収されていたからだけれども、今回の世界バブル崩壊は、今度こそ

(労働需要が飽和した特殊な場合を除いて)

が顕在化したという実感がかなりある。

技術革新の詰め車効果というのは、かなり大きい。なぜならそれはたいてい単に「人を置き換える」だけではなくて「人には出来なかったこと」までできるようになるというおまけまでついてくるから。

たとえば自分で電子メールの読み書きしている人が、「時給100円でOK」だからといって秘書を雇うようになるかといえば、まずならない。

かつてジャンボジェットには、機長、副操縦士に加え、機関士という職がコクピットに用意されていたが、747-400になってから消滅してしまった。今時車掌がいるバスはあるのだろうか。エレベーターガールは?

理由は何でもいい。人間ほど器用である必要ですらない。しかし一度「もう機械でいいや」にユーザーが慣れてしまうと、そうして機械にわたった仕事が人の手に戻ってくることはまずない。

別に「ラッダイド運動2.0」というつもりはない。けれども、雇用の話をしている時に、技術革新の話が出ないのは、曲がりなりにも「人がやっていたことを機械にやらせる」ことで飯を食っていた(いや、今でも食っている)者の一人として不思議でならない。

技術革新を悪という人は、21世紀の今となっては労働組合どころかキューバや北朝鮮にもいなさそうだ。生産性の向上が善だというのは、資本主義より強いグローバル・スタンダードになった感がある。

それでも、生産性が上がれば、生産に必要な人の数が減るというのはうちの7歳の次女にもわかる理屈だ。

私は「人がやっていたことを機械にやらせる」立場なので、技術革新は善であり続けて欲しい。

しかし、それが誰かのやっていた仕事を、やっていた人も、そして私も気がつかないうちになくしてしまっていることは知っている。

あしたの発想学 - p. 227
口の悪い友人が「岡野、お前のところは、ほかの会社がなくなるものばっかりつくっているじゃねえか」って言うから、「あたしのせいじゃねえ」と言い返すけど、心の中では"これを作るとあそこがなくなる。かわいそうに"って思うよ。
うちが何かを作ると工場が増えて、五十人も百人も雇用できるようになるなら、日本の将来はバラ色だけど、現実はそうじゃない。その反対だもの。こんなふうに先行きが見えると、本当に嫌になってしまうね。

しかし、岡野氏だの私だのがやらなければ、他のだれかが「やっちゃう」こともまた知っている。

どうすれば、いいんだろ。

そろそろ「無職」という職を社会的にきちんと認めなければならないところまで、生産性は上がっちゃったような気がするんだけど、熱のせいかな?

Dan the Automator