小川一水は、裏切らない。

何を書かせてもSFで、そして何を書かせてもうまい。

小川一水の最新作「不全世界の創造主」は、ビジネス・フィクションであり、エンジニアリング・フィクションであり、ジュヴナイル・フィクションであり、そしてもちろんサイエンス・フィクションだ。

Bookデータベースより
物作りを愛する少年・祐機の夢は、自分で自分を複製するフォン・ノイマン・マシンの実現。地方都市で才能をもてあます彼の前に天才投資家の娘・ジスレーヌが現れた。「あなたの力と未来に投資させて」。―二人は強力なマシンと資金を武器にして、世界生産を支配する国際組織「GAWP」に立ち向かう。創造性に満ちた、真に豊かな地球は誰が造るのか?リアルSFの旗手が書き下ろす、近未来青春物語。

もし本書がSに重きを置いたFだったら、自己増殖機械そのものをテーマにしていただろう。よくあるパターンとしては、それが暴走して人類を危機に陥れるとか。E(ngineering)に重きを置いたフィクションなら、その機構に重きをおいただろう。今のところ生物しか成し遂げていないそれを、どうやって実現したのか。ベースがヒトの白血球という生物ではあるが、「ブラッド・ミュージック」はこの分野ではエポックメイキングな作品だった。今読んでも傑作だと思う。まだ読んでいない人は是非。

しかし本書が重きを置いているのは、それを実現にこぎつけた少年と、その実現に投資した少女の物語というJ(uvenile)なFであり、そしてそれを使って何を成し遂げようかというB(usiness)なFである。そして、舞台は直近の未来。Sが強いSFが苦手な人でも、本作なら気に入っていただけるのではないか。

感嘆するのは、物語運びの滑らかさ。祐機が「本気」になった小学生時代の出来事。ジスレーヌとの出会い。最初の「Uマシン」の実験。GAWPとの確執、そして対決。きちんと収まるところに納めつつ、物語を面白くするために無理をしたという形跡がほとんど感じられない。なにしろ「フィクショナル」な設定は、祐機のフォン・ノイマン・マシンと、ジスレーヌ(と世界一の富豪である彼女の母)の「万物の成長性を見抜く」能力だけ。あとは本当にあってもおかしくないほどリアルだ。

本作のフォン・ノイマン・マシンが、ナノマシンどころかマイクロマシンでないのもいい。原材料は、土。やることは、土木工事。蹴飛ばせば壊れてしまうほど華奢で、しかしそれがなければ150億ドルかかる工事を、自己増殖できるこれらは5億ドルでやってのけた上で、利益をがっつり残す....

そんな凄い発明を、会社ごと奪われてしまった彼らの運命やいかに!?

「SFは未来を予測するものではなく、現代社会の落とし文」というのが私の持論なのだが、本書がまさに2008年の終わりに本書が上梓されたことは、まさに我が意を得たりといったところ。

あとがき
 為すべきか、為さぬべきかというのは人間の永遠の悩みです。
[中略]  二〇〇八年の今でもこういった疑問には答えが出ていません。ある人は父親のように厳しく接して正義を広めようと言う。ある人はどんな接し方でも相手を傷つけてしまうから放っておいた方がいいと言う。どっちのやり方でも死人が出ている。
 日本では今、後者のやり方が悪い意味で強まっているように見えます。何か議論が起こると、すぐ後者の「どんな考え方でも誰かが傷ついてしまう。お互い優しく微笑むだけで黙っていよう」という意見が現れる。確かに洗練された感じがするんですが、しかし気持ち悪くないですか、これ。

そんな不全世界への、著者なりの異議申し立てが、本書だ。

こういうやり方があってもいいんじゃないか。

Dan the Fan Thereof