NHK出版井本様より献本御礼。
生物学者ならではの力作。「なぜ死ぬか」という形而上的な疑問に関しては、かのSteve Jobs も実に説得力のある答案を出したが、「どのように死が実装されているか」という形而下的な疑問に対する答えは、やはり専門家の手が必要だ。
本書「寿命論 - 細胞から「生命」を考える」は、ゾウリムシを長年研究してきた著者が、これまでの研究を総動員して、寿命という、ヒトには「あたりまえ」でも全生物を通してみると実は少しも当たり前でない現象を考察した渾身の一冊。
目次 - Amazonのものを追補- はじめに
- 第1章 寿命にはさまざまな形がある
- 動物の寿命・植物の寿命
- 個体の寿命・細胞の寿命
- 寿命と概日リズム
- 生物を形づくる分子の寿命
- 第2章 寿命と遺伝子の関係を探る
- 生命表と生存曲線
- 遺伝子で寿命はどう変わる
- 遺伝子のネットワーク
- 生命のゆらぎ
- 第3章 「寿命の法則」を考える
- 有性生殖はなぜ寿命の始点となるか
- 時間・体重・エネルギー消費量
- 寿命と性成熟
- 第4章 寿命の進化をたどる
- 細胞進化の方向性
- 原核細胞から真核細胞へ
- 細胞寿命の起源仮説
- 終章 寿命から「生命」を考える
- 寿命とは何か
- 寿命とは抑制系の進化である
- 参考文献
- あとがき
本書の論考は実に多岐にわたっており、簡単に要約できるような本ではない。生物が要約できるほど簡単な存在でないのと同様に、寿命というのもまた簡単に要約できるものではないのだ。植物を見るとこのことを特に強く感じる。大賀ハスは何歳なのだろう。竹の年齢は一本のそれなのかそれとも竹林なのか。ソメイヨシノは?
しかし、以下の二点は本書の見出しとしても使えるだろう。
- 死は宇宙の摂理ではなく生物の「発明」
- 死もまた進化する
なぜ私たちには寿命があるのか。生物をめぐるこの大きなテーマに細胞学の視点から迫る。じつは生命の原初には寿命が存在しなかった。生命は、進化の過程で死を獲得したのだ。ヒトからゾウリムシまで、細胞の能力と働きを追い、「寿命の法則」のメカニズムを解きながら、“生まれ、死ぬ”生命システムの謎に迫る。
本書は、寿命という現象がどのように進化してきたのかをさまざまな面から検討し、現時点で最も説得力のあるであろう仮説を構築していく。それについていくのは簡単なことではないのだけど、以下の順序は紹介しておいてもよいだろう。
P. 188
- 原核細胞から真核細胞へ
- ジャームからソーマへ
- 分裂性細胞から非分裂性細胞へ
- 一倍体から二倍体へ
- 単細胞から多細胞へ
この通りだとすると、我々が「なじんでいる」死の形が成立したのはカンブリア爆発の頃で、だとすると「そのような死に様」というのは生命そのもの歴史の1/6程度しかないということになる。
ここでジャーム、ソーマという耳慣れない言葉が出てきたが、この二つは本書の読み解くキーワードでもある。是非本書で自ら確認して欲しい。
自分が死せる存在であることを、かつてからうれしく思っていた。いや、「死なざる存在」でよかった、というべきか。「火の鳥」を読んだ人ならば納得していただけるであろうが、しかしそれはどちらかというと「死ぬのがうれしい」のではなく「死なないのが怖い」という二重否定の結果としての肯定だった。
しかし、本書を読了してから、妙な言い方になるが「死がいとしく」なった。「死にたい」というのでは決してない。寿命というシステムがあり、そしてそのシステムを内包していることをありがたいと感じられるようになったのだ。生の仕組みも神妙であるが、死もまた然りなのである。
Dan the Mortal
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