日経BP黒沢様より献本御礼。

今の中国がよくわかる力作。邦題はちょっと釣り過ぎ。原題どおりの「チャイナ・プライス」の方がよかった。

邦題を見てメシウマ状態になる人は、オイルショック前の日本をふりかえってみるといい。まさに本書の中国がそういう状態なのだから。

本書「中国貧困絶望工場」の原題は"The China Price: The True Cost of Chinese Competive Advantage "。訳すると「中国価格:中国の競争力の真の源泉」となるだろうか。

目次 - 日経BP書店|商品詳細 - 中国貧困絶望工場より
日本語版への序文
謝辞
はじめに 妖しい魅力
第一章 路線変更
第二章 五ツ星工場
第三章 労災コスト
第四章 一攫千金を夢見て
第五章 立ち上がる労働者
第六章 従業員寮八一七号室の娘たち
第七章 損得勘定と社会的責任
第八章 新モデル工場
第九章 チャイナ・プライスの将来
参考文献
訳者あとがき

The China Price に、著者は二つの意味を込めている。一つは、文字通り「中国製品の価格」、すなわち我々が中国に支払っている価格だ。そしてもう一つは、「中国製品の代償」、すなわち中国でものをつくることによって、何が失われているかだ。

まず、最初の点に関してマクロな見方をするとこうなるだろう。

比較優位についての誤解 - 池田信夫 blog
この場合、中国はどっちの財でも日本より絶対劣位だが、大衆車に比較優位がある。大衆車1台をつくる機会費用が高級車1/3台で、日本(1/2台)より低いからだ。したがって中国は、大衆車に特化すれば日本より高い競争力をもつ。

さらにすさまじい例としては鉄鋼が上げられるだろう。右は粗鋼生産量だが、日本が年間1億トン前後で頭打ちなのに対し、中国の5億トンとはまさに前代未聞だ。

ところが、コストと品質を見ると、中国の鉄鋼の絶対劣位が明らかとなる。

マクロ視点における中国は、経済学の教科書のような国に見える。

しかし、そのマクロ的な優位がミクロ的な犠牲の上に成り立っているのだとしたら?それが本書の問題提起である。

日経BP書店|商品詳細 - 中国貧困絶望工場
社会主義とは思えないほど弱い立場の出稼ぎ労働者への抑圧、多発する労働災害、夫が労災死して未亡人だらけになった寡婦村、米大手スーパー、ウォルマートなど買い付け側の厳しいチェックをかい潜って操業を続ける搾取工場、塵肺による出稼ぎ労働者のガンが多発している内陸部のガン村など、リアルな現実が次々に浮き彫りになる。

無理矢理一言で言うと、「中国という国自体が巨大な『蟹工船』」ということになるだろう。チャイナ・プライスの影にあるのは、膨大な人口だけではない。先進国であれば支払わなければならない福祉と環境対策の欠如も、そこにあるのだ。この点に関しては確かに「中国絶望工場」のタイトルは間違いではない。

しかし、本書にあるのは、貧困と格差と絶望だけではない。

もちろん、救いもある。労働災害にあって手足が不自由になった労働者が、決して絶望せず、法律を勉強して仲間の訴訟の相談に乗り、勝訴を勝ち取るなど、新しい動向も描いている。

それは日本が天国にしか思えないほどの貧困と格差と絶望にあって、実にささやかな救いではあるのだけど、しかしそれこそが著者が本当に書きたかったことだと確信する。

著者紹介
日本語、中国語が堪能な香港在住の米国人ジャーナリスト。1997年、米プリンストン大学卒業後、東京大学留学など経て、98年にフィナンシャル・タイムズに入社。東京支局、サウスチャイナ支局特派員として主に製造業をカバーする。FT退社後、香港に拠点を移し、中国本土で工場経営の実態を調査、著書『中国貧困絶望工場―「世界の工場」のカラクリ』にまとめた

そう。著者の前任地は、ここ日本だったのだ。そして、「貧困絶望工場」とはかつて--そして今もなくなったとはいえない--日本でもあるのだ。本書を読み進めると、むしろ感じるのは「ありえないはず」の懐かしさ。私はオイルショック以前の日本を「歴史」としてしか知らないけど、その「歴史の後」に関してはリアルタイムで見てきた。「今日のため」に重ねた無理の代償を支払うのに、どれだけ時間がかかるのかを。水俣病一つとっても、まだ終わっていないのだ。

その意味で、中国にとっての今回の世界同時バブル崩壊は、日本にとってのオイルショックになるかも知れない。

Dan the Ex-Resident Thereof