日本実業出版長谷川様より献本御礼。
初出2009.02.14; 販売開始まで更新
「頭がよい」というよりは「頭が悪くない」、もう少し補完すれば「頭のいいお金の使い方」というより「頭が悪いお金の使い方の避け方」と呼ぶべき一冊。
33歳、男、SE、年収700万(残業や賞与 込み込み)、貯金100万、独身。 700万あっても、飲みに行ったりするとすぐになくなってしまいます。 貯金が苦手です。 彼女はいます.. - 人力検索はてな700万あっても、飲みに行ったりするとすぐになくなってしまいます。 貯金が苦手です。
ちょうどこのあたりが一番効用が大きそうだ。
本書「頭のいいお金の使い方」は、今までありそうでなかったお金の使い方入門。お金の作り方を書いた本は山どころか山脈のようにあるが、使い方ともなると幼稚園の砂場の砂山ぐらいになってしまう。
目次 - 頭のいいお金の使い方より
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少ないのにはわけがある。その方が難しいからだ。私自身ここで何度も書いているが、改めてその理由を繰り返せば、お金を作るという行為が、さまざまなものごとという多次元のものを、お金の多寡という一次元の量にするという「次元を下げる」行為なのに対し、お金を使うというのはその逆で「次元を上げる」行為だからだ。
それで本書の場合だが、本書の目的は「消費から投資へ」。すなわち「お金をもっと呼び寄せるためにお金を使う」というものだ。これなら次元数はあまり変わらない。難易度はこれでかなり下がったがそれでも単純に「お金を作る」よりは難しい。何が難しいかというと、心の持ちようだ。
それはどういうことかというと、「お金がない状態からお金を作る」と「お金を使ってお金を作る」では、いわば正反対のマインドセットが必要となってくるからだ。まだお金がほとんどない状態にからある程度のお金を作るまでは、やはり吝嗇でなければならない。借金や浪費に引っ張られるように働くのも張り合いはあるかもしれないが、無理が効くのはせいぜい0x20 = 32歳までだろう。私はプログラマ35歳限界説を信じられないが、浪費に引っ張られて働ける限界がそこまでというのはかなり信じている。
しかし、ある程度お金が出来てからは、吝嗇は逆効果となる。そこからは、いかにそのお金を使うかで、お金が出来る速度がものすごく変わってくるのだ。これは金に限ったことではなく、
P. 48書評ブログを書いている人のところには、著者から献本されるようになります。
というわけである。
本書で一番腑に落ちるのは、たらいの水理論だろう。
P. 49僕の尊敬する大富豪があるとき、「お金というのは、たらいの中の水のようなものだ」と教えてくれました。手元に掻き集めようとすると脇からこぼれて逃げていってしまうが、押し出す、つまりお金を使うと逆に集まってくるのだというのです。
ここで留意したいのは、「費やす」ではなく「使う」といっていることと、「たらいの水」と言っていること。費やすのであれば簡単だ。何億円どころか何十億円でも一日足らずで費やせる。使う、すなわちお金にお金を呼び寄せさせるためには、たらい、すなわち水を還流させるための仕組みが必要なのだ。いくら海の水を押しても、戻ってくることを感じることは難しい。
そういうわけで、本書は貧乏を脱している人に最適である。「貧乏を脱出している」の定義だが、金が貯まりもしないが減りもしないあたりだろうか。このあたりは人によって違う。いくら稼いでも借金ばかり増えるという中村うさぎ型の人は、まずは費やさずに済ます方法を学ぶべきだし、逆に年収300万でも本書を読む準備が出来ているひともかなりいる。
著者について
『33歳で資産3億円をつくった私の方法』 『30代で差をつける「人生戦略」ノート』 『問題解決力をつける本』(以上、三笠書房)、 『脳を「見える化」する思考ノート』(ビジネス社)などがある。
「33歳で資産3億円」というのは、だいたい私と同じぐらいか私の方がやや早め。生涯年収分の財産形成という点に関しては、本書は十分合格点だと知人の経験も自分自身の体験も裏付けている。「成金」たち行動原理の最大公約数を取れば本書になるのではないか。
だから、「その先を書いて欲しかった」と思わなかったかと言えば嘘になる。私が知りたいのは本書の先なのである。もっとも、そんなことが本に書いてあると思うのが虫がよ過ぎるといえばそうである。そんなことが本に書けるのであれば、この世は billionaire であふれているはずだ。かといって「無一文の億万長者」の超平凡を私は持っていない。こればかりは自分で考えて行くしかないのだ。
時に読書というのは、答えが見つからないことに意義があるものだ。本書に関してそういう読み方をするのはそれほど多くはないかも知れないが、著者自身も含めてゼロではないので表明しておく次第である。
Dan the Accidental Millionaire
雨が100粒降るとして、1粒で一つの植物を育てることができる時、たらいに1粒溜めると、何処か一つの植物は芽が出ない。
たとえそれが別の何処かで枯渇となることだとしても、たらいの水を自分の芽の為に確保しようとするのは心が渇いているのか、雨が降り、地の中を進み、木々を育み、川に流れ、海に帰り、空に舞い、雲となる、と信じることができないのかも。
自然の中で人類の仕事は木々を育むことだろうけど、それも植え杉で花粉症とか失敗しているし、心の渇きもまた飢え過ぎで失敗してるのかもね。
枯渇に入らずんば、子路を選ず。
失敗は成功の本。
何故かうまく変換できない...