いやあ、お見事!

長年の疑問が、これで一挙に氷解した。

その疑問とは、

  1. あらゆるものを(最初とは限らないとはいえ)発明してきた中国人が、なぜ民主主義は発明しなかったのか
  2. なぜ民主主義は、つい最近まで主流とはならなかったのか

だったのですが、磯崎理論はその双方に明快な回答を与えています。長文ですがその論旨をまとめると以下のとおりとなるでしょう。

  1. 政治コストは、主にコミュニケーションコストで占められる
  2. 民主主義においては、コミュニケーションコストは、人口の二乗で増える
  3. よって、一定人口を超えると民主主義はコスト割れを起こす

結局、政体も生体と同じようにアロメトリーで扱えるのだと。アロメトリーに関しては「ゾウの時間 ネズミの時間」を参照のこと。

この理論の素晴らしいのは、民主主義の地政学的な特徴(西高東低)だけではなく、時間的な特徴(産業革命以来爆発的に普及した)も説明できるところでしょう。産業革命以来、人口も増えましたが、国家数も増えていますし、そして何より交通と通信が飛躍的によくなったことで、コミュニケーションコストも劇的に下がっています。

ローマが共和制から帝政に移行したのも、これで説明可能ですね。

「うまく行っている」民主国家のサイズが300万人〜3000万人の範囲の収まっているように見えるのは、だいたいこのあたりが現在のコミュニケーション技術が許す民主主義の臨界点だからとも言えそうです。日本はその点から行くと明らかに大き過ぎ、さらに大きなインドの民主主義がテラカオスなのはましてや当然とも言えそうです。「アメリカはどうよ」と言うと、これまた上手く行っているのは週単位までで、連邦としてみると、民主制より帝政のごとくふるまっているように見えます。

うむ。ひさかたぶりによく切れる刃物が手に入った。料理意欲がわいてくる....

Dan the Part of Demos