S-Fマガジン新編集長清水様より直献本大御礼。

初出2009.02.19; 販売開始まで更新

原著は

で紹介したのですが、まさか訳出されるとは!

そして、その解説を私が書くことになるとは!!

本作「アッチェレランド」は、こんなお話。

Amazonの内容紹介より
〈ギブスンの鮮烈×クラークの思弁〉英国SF新世代の旗手が描出する、〈特異点〉を越えた人類の姿! 時は、21世紀の初頭。マンフレッド・マックスは、行く先々で見知らぬ誰かにオリジナルなアイデアを無償で提供し、富を授けていく恵与経済(アガルミクス)の実践者。彼のヘッドアップ・ディスプレイの片隅では、複数の接続チャネルが常時、情報洪水を投げかけている。ある日、マンフレッドは立ち寄ったアムステルダムで、予期せぬ接触を受けた。元 KGBのAIが亡命の支援を要請しているが、どうやらその正体は学名パヌリルス・インテルルプトゥス――ロブスターのアップロードらしい。人類圏が〈特異点(シンギュラリティ)〉を迎える前に隔絶された避難所へと泳ぎ去りたいというのだが……。この突飛な申し出に、マンフレッドの拡張大脳皮質(メタコルテックス)が導き出した答えは……。〈特異点(シンギュラリティ)〉を迎えた有り得べき21世紀を舞台に、人類の加速していく進化を、マックス家三代にわたる一大年代記として描いた新世代のサイバーパンク。2006年度ローカス賞SF長篇部門受賞作。

世徒ゆうき18禁マンガの方ではないのでお間違えなく。なお、世徒版の方はスゴ本の中の人が、「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: この本がスゴい2007」で紹介してます。こちらはこちらで傑作です。エロいです。

本書にも、エロは出てきます。かなり怖いエロですが。

404 Blog Not Found:Cyberpunk 2.0 - 書評 - Accelerando
その間にも、ロブスターはとびかうは、Manfredの恐妻Pamelaが、子種が飛び散らないように瞬間接着剤をあてがうわ、なかなかのMultitaskぶり。

鬼嫁どころじゃない怖さです。

もちろん、エロだけではありません。なんといっても正統派なSFで、本格派なフィクションですから。

404 Blog Not Found:Cyberpunk 2.0 - 書評 - Accelerando
で、どんな話か、というと、超近未来から「遠未来」のお話。どれくらい近未来かというと、最初のエピソードはまだ今から10年も経っていない。Sci-Fiというより現代サスペンス。ただ時代設定が近いというのだけでなくて、その世界がいかに「今」と近いかを示すために、著者はこれでもかこれでもかと言うぐらい「今そこにあるもの」を登場させます。SonyだのMicrosoftだのAirbusといった会社名がフツーに登場するし、主人公のペット、というのか隠れた主人公はAiboの「三代目」ということになってる、Aineko。
その今から10年と離れていないManfred Macxを筆頭に、Macx三代を通した人類の進化が本書の主旋律なのだけど、いやあ、Accelerandoの名に恥じず、章を追うごとにテンポは上がっていき、店舗は上がったりになります。

SFらしいマクロな超現実と、SがつかないFらしいミクロな現実とが同居した、実に視点の広い作品で、一週間ぐらい満腹感が続くほどの大作で、にも関わらず著者の卓越した造語力と闊達なテンポで一気に読ませる快作なのですが、それだけに邦訳は絶望視されていました。

逆方向の翻訳に例えれば、神林長平を英訳するようなものです。それも「雪風」や「敵は海賊」のような、比較的横文字が多い作品ではなく、「あなたの魂に安らぎあれ」を筆頭とする火星三部作を訳出するような困難さです。原著はいわば英語を「めいっぱい」使った作品。英語では読みやすいけどいざ訳出するとなると頭を抱えるという。著者は Perl プログラマーでもあるのですが、「わかりやすいのに訳しづらい」ことにかけて、Larry Wall のスピーチに通じるものがあります。

しかし、やってくれましたよ。酒井昭伸が。ハイペリオン四部作と、マッカンドルー航宙記を手がけた、あの酒井昭伸が。

もちろんジェバンニみたく一晩で、というわけには行きません。それどころか酒井さんがこれまでに手がけた中で最も困難な翻訳だったそうです。ささやかながらその作業をお手伝いできたことは、私の一生の宝です。

その品質は、山岸真をして「酒井さんは誰も到達できないレベルに行ってしまった」といわしめるほど。そのお手伝いが出来ただけでも十二分果報者なのに、まさかその解説を書くことになるとは。感激のあまりdiscorporateしてしまいそうです。これもid:itaこと板倉充洋さんが原著を紹介してくれたおかげ。あらためて感謝を。

そう。本書は物語というものの根本である、縁というものの話しでもあります。その点さえ押さえておけば、本書の圧倒的なヴォキャブラリーと、特異点の彼方にある世界観に気圧されることもないはずです。むしろSFを今まで読んでこなかった人こそ、本書を通じて新たな世界との縁を結んでいただけるのではないでしょうか。

というわけで、本entryも「縁」で結ぶことにします。縁と言えばこの人、新井素子です。

えっと、解説です。

じゃなかった。

もしもご縁がありましたら、いつの日か、またお目にかかりましょう。

Dan the SciFilia