日経BPより献本御礼。

私にはむしろ「まさか」より「やはり」という感想が強かった一冊。今の市場がなぜこういう状態に陥ったかを解説した本としては、一番説得力があると思う。例によって「世界同時バブル崩壊」に関する本が雨後のタケノコのように出ているけど、そのうちの何冊読むにしても、本書は外せない一冊となるだろう。

本書「なぜ世界は不況に陥ったのか」は、共著者の池尾和人によれば

プロローグ
本書では、この「半教半学」の福沢精神に基づいて、池田信夫さんと私(池尾)が、いずれが教授役いずれが聞き役という区別なく互いに議論しあうという形で、〈今回の金融危機の本質とインプリケーション〉を明らかにすることを目ああした集中講義を行いました。その中では、あわせて〈経済学の現代的地平〉とはどのようなものかについても語り合い、そこからいまの事態がどのように見えてくるかも論じています。

という講義をまとめた一冊なのだが、どちらかというともう一方の池田信夫が質問し、池尾和人が答える場面が多かった。「教学率」は、池尾7:池田3といった感じか。

目次 - 池尾・池田本の表紙 - 池田信夫 blogより
プロローグ(池尾和人)
第1講 アメリカ金融危機の深化と拡大
- サブプライム問題から全般的な信用危機へ
その1 サブプライムローン問題
その2 全面的な信用危機への拡大
その3 リーマン・ブラザーズの破綻以降
第2講 世界的不均衡の拡大:危機の来し方(1)
- 1987年、1997年、2007年までの節目を振り返る
その1 長期不況:1970年代末〜1987年
その2 アメリカ経済の再活性化:1987〜1997年
その3 マクロ的不均衡の拡大:1997年〜現在
第3講 金融技術革新の展開:危機の来し方(1)
- デリバティブ、証券化、M&A
その1 伝統的銀行業の衰退と金融革新
その2 デリバティブ取引の意義
その3 投資銀行の成功と変質
第4講 金融危機の発現メカニズム
- 非対称情報とコーディネーションの失敗
その1 過剰投機はなぜ起きる:エージェンシー問題と「美人投票」
その2 取り付けの合理性とリスクテイク
その3 市場型システミック・リスク
第5講 金融危機と経済政策
- 「市場の暴走」と「政府の失敗」
その1 「政府の失敗」の結果
その2 経済思潮の変遷
その3 経済政策をめぐる争点
第6講 危機後の金融と経済の行く末
- 中長期的な展望と課題
その1 投資銀行は終わったのか
その2 規制監督体制見直しの課題
その3 長期不況の予感
第7講 日本の経験とその教訓
- われわれは何を知っているのか
その1 「失われた10年」の原因
その2 「失われた10年」の教訓
その3 不良債権問題への政策的対応
エピローグ(池田信夫)

いささか手前味噌かつ変な感想だが、本書は「小飼弾のアルファギークに逢ってきた」の経済学版といった感がある。同著はギークがギークと「半教半学」しているが、本著では元「放送記者」だったエコノミストがエコノミストとそうしているわけである。池田の現職だけではなく前職の経験も実によく活きていて、一「聴講生」としてずいぶんと楽しませていただいた。

ただし、「アルファギークに逢ってきた」においてもギーク語の解説を最低限にとどめ、まだギークの世界でも常識となっていない言葉のみを脚注で解説したように、本書も「GDP」のような、経済学者にとってあまりに当たり前の言葉までいちいち解説しているわけではない。これらの基礎知識はあらかじめ仕込んでおいた方がよいだろう。ちょうどいいタイミングで「 ハリ・セルダンになりたくて」の矢野浩一さんが「一年間「経済学入門」を担当したので最後に「まとめ」」て くれたので、

を読んでから読むと、池・池講義に付いて行きやすいのではないだろうか。

というわけで、平たくいうと大変「面白くてためになる」一冊なのであるが、私にとっては得た答え以上に、経済学に対する疑問も増えた一冊でもあった。本書で最も印象的だったのが以下の下り。

池尾◆少なくとも、経済学の道具箱にはいろいろな道具があるということは知っておいてほしい。普通、世の中の人が思いつきそうなアイデアは全部実はあるので、経済学はこういう話しを見落としているという話しはあり得ない(笑)。

大変心強い一言なのだが、だとしたらなぜ経済に関して、人々は「経済学者」よりも「経済人」の言葉により耳を傾けるのだろう?たとえば医学に関して、たとえどれほど実績があろうとも市井の治療師の意見の方が医師よりも重んじられるということはまずない。経済学が科学だとしたら、それはどこまで工学として応用できるのだろうか。もっと平たく言えば、経済学はどこまで経済にたいして「使える」ようになったのだろうか?

ゼロというつもりはもちろんない。私とて経済学の言っていることを自分の経済的利益のために利用してきたし、そのおかげで今がある。しかしそれは経済学に素直に従った結果というより、「経済学はこう言っているけれども、オレはこう思う」という具合に、経済学の判断と自分の判断が食い違う時には後者を優先してきた結果でもある。

一年間「経済学入門」を担当したので最後に「まとめ」 - ハリ・セルダンになりたくて
トンデモエコノミストは「これは欧米では常識だ!」などと言いながら嘘をblogや雑誌に書いていますが、彼らを反面教師として講義は常に標準的な教科書に沿って行いました。

こういうと叱られるのを承知で申し上げれば、巷の経済学に対する認知は、それ以前の「エコノミストという存在そのものがトンデモである」にむしろ近いと感じている。しかし巷というのはトンデモが実は結構好きなので、エコノミストも好きであるのだ、と。

私自身はそれよりもよっぽど経済学を信じている。それだけに、いかに実際の商売においては経済学者のようにふるまってはならないかもよくわかるのだ。ケインズの美人投票に例えれると、ミス・エコノミストに投票すると負けちゃうのだ。

というわけで、目下エコノミストに最も聞きたいのが、以下の問題提起に対する答え。

Anyone who believes exponential growth can go on forever in a finite world is either a madman or an economist.
有限の世界で幾何級数的な成長が永遠に続くと信じているのは、キチガイと経済学者だけだ

実はこの問題提起は Kenneth E. Boulding という経済学者によるものである。「標準装備」で答えられないというのであればそれもいい。倉庫まで道具を取りに言っていただいても構わない。お待ちしております。

今回の金融危機は、これにきちんと正面から答えよという経済から経済学者への回答要求のように感じてる。

Dan the Economic Animal