ベーシック・インカムに関しては、ここでも自著「弾言」でも触れている。

それだけに、未読段階での本書への期待は大きかった。

その期待は、かなえられた。

半分だけ。

本書「ベーシック・インカム入門」は、タイトル通りの一冊。

目次 - ベーシック・インカム入門 山森亮 | 光文社新書 | 光文社より
はじめに ベーシック・インカムとは
第1章 働かざる者、食うべからず
第2章 家事労働に賃金を!
第3章 生きていることは労働だ
第4章 土地や過去の遺産は誰のものか?
第5章 人は働かなくなるか?
第6章 <南>・<緑>・プレカリテ
※ベーシック・インカムに関するQ&A
おわりに 衣食足りて……?
参考文献

ベーシック・インカムに関する What 、すなわちベーシック・インカムとは何であり、どんな人々がそれを考え、どんな利点があるのかが、実に多方面から論じられている。それが最近ではなくかなり昔からあった考え方であること、左からだけではなく右からも唱えられていること....

本書にないのは、 How だ。どうやってそれを実現するのか。あるいは実現のためには何が必要なのか。いや、 How には言及している。 How を問うのは瑣末であるという形で。

財源を問う議論は単なる"恫喝"

 ベーシック・インカムの話しをするとしばしば出てくるのは「財源はどうする?」という質問である。奇妙なのは、お金がかかる話すべてに財源をどうするのかという質問がされるわけではないことである。国会の延期が延長されても、あるいは国会を解散して総選挙をやっても、核武装をしようと思っても、銀行に公的資金を投入するにも、年金記録を照合するにも、すべてお金がかかる。だからといってこうしたケースでは「財源はどうする!」と詰め寄られることはまずない。
 こうしたなかで特定の話題(生活保護などの給付やベーシック・インカムなど)のみ財源問題が持ち出されるあり方を見ていると、財源の議論を持ち出す動機は往々にして財源をどう調達するかについて議論したいのではなく、単に相手を黙らせたいだけだと思わざるを得ない。
 普通選挙制を行うことにも、公教育制度をとることにも予算がいる。しかし財源問題をたてにこれらのことを行わないことにはならない。なぜならそれが必要だという合意があるからである。それが必要だという合意があれば、他の予算を削ったり、増税したり起債したりして、それに見合う財源を調達すれば良いだけの話しである。

これだけである。1ページにも満たない。

これでは著者に同情はできても、同意はできない。かえって逆効果ですらある。恫喝に詭弁で答えているのだから。

実際のところ、普通選挙制に関しても、公教育制度に関しても、予算の話しはちゃんと出ている。その声がこの国では大きくないだけだ。大きくないから、どちらもしょぼいのはご存知のとおり。そのしょぼい現場からすら、金を与えるどころか金を巻き上げようとしているというのもご存知のとおり。

そして何より、「それが正しい」だけでは合意は形成出来ない。「それが出来る」見込みがあってはじめて合意にまでたどり着けるのだ。

理解が簡単で正しい概念というのは、それが簡単であればあるほど、そして正しければ正しいほど、実現には困難を伴うものである。World Wide Webは、簡単で正しい。しかしそれを実現するには、充分安価なコンピューターとネットワークが必要だった。それが不要だったのだとしたら、第二次世界大戦直後にヴァネヴァー・ブッシュが実現していただろう。テッド・ネルソンはかなり近いところまで来ていた。TRON、正確にはBTRONの実身・仮身もHyperCardだってハイパーリンクは実現していた。しかしそれがWWWという合意に至るまでには、ティム・バーナーズ=リー以上にインターネットというインフラが必要だったのだ。

その意味で、ベーシック・インカムの現状というのは、ある意味ウェブ以前のインターネットに状況は似ている。それに必要なインフラ、すなわち原資は、ある。「他の予算を削ったり、増税したり起債したり」というほど簡単ではないが、ないわけではない。

だからこそ、「なぜいいのか」ではなく、「どうすればいいのか」を語るべきではなかったのか。

読了後真っ先に思い出したのが、以下の言葉。

二宮尊徳 - Wikiquote
道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である

実装を抜きにして理念を語ったという意味において、本書は確かに寝言である。しかし寝言と犯罪では、寝言の方がマシだし、そして寝言というのは現実に漏出した夢でもある。道徳なき経済の犯罪がかつてないほど明らかになった今こそ、語る価値のある、そして実現する価値のある寝言なのではないのか。

本書は、寝言である。

耳を傾けるだけの、価値のある。

Dan the Practical Idealist