英字出版高野様より献本御礼。

英字出版というのは最もはずれ率の少ない出版社の一つだが、その中でも、「水際だって」すばらしい一冊。

リーダーシップについて書かれた本は本屋にあふれている。リーダーが書いた本も同様だ。しかし真のリーダーが、真のリーダーたちについて書いた本ともなると滅多にお目にかかれない。真のリーダーが真のリーダーたちに仕えることそのものが希有なのだから仕方がない。著者は、そんな希有な存在であった。

本書「国をつくるという仕事」は、世界銀行の南アジア担当副総裁を務めていた著者が、その過程で補佐してきた、国をつくる仕事をしてきた人々を描いた一冊。「国をつくるという仕事」という本書のタイトルは、レトリックではない。

本書には、ありとあらゆる向きにすごい人々が登場する。「すごく貧しい」人々に「すごく金持ちな」人々。そして「すごくひどい」人々に、副詞ぬきで「すごい」人々。最後の人々の中には、パキスタンのムシャラフ大統領もインドのシン首相もいる。しかし、なんといっても本書でもっともよく取り上げられたのは、ブータンのジグミ・シンゲ・ワンチュク雷龍王四世である。そう、あの

isologue - by 磯崎哲也事務所: ブータン・・・ナメててすみませんでした・・・
Gross National Happiness is more important than Gross National Products.

という言葉の生みの親である。

完美なリーダー、というしかない。

そしてその完美ぶりは、本書でないと充分伝わらないであろう。

もちろん陛下、いや元陛下が16歳で心臓病に倒れた先代 - これまた完美なリーダー - を継ぎ、52歳で五世に譲位したことは、Wikipediaなどを見ればわかる。しかし彼が何を目指し、何を願ってきたのかは、それを間近に見たリーダーでないとわからない。

彼の仕事、それはいかにして彼の仕事 - リーダーシップ - を不要にしていくかという過程であった。先代が折角作った国王弾劾法は、彼が玉座につくやいなや廃案にされてしまう。民が彼に求めた役割は、リーダーではなくヒーローだった。彼の治世は、その民の勘違いとの戦いだったのだ。

その戦いの頂点が、テロとの戦いという形でやってくる。

P. 279
ブータンの小さな軍隊が、長年インドをてこずらせてきたテロ組織を一掃した。シン首相が深い感動を覚えたのは、戦火ではなく、ブータン軍がとった戦略であった。

雷龍王四世はそのブータン軍を自ら率いて、ブータン南部に巣食っていた武装過激派組織を掃討するのであるが、そこに至るエピソードほど、リーダーシップというものの皮肉に満ちたものはない。

P. 280
ブータンの国会はこの問題を頻繁に取り上げ、論争をくり返した。そのつど、武力で一掃せよと憤る議員に仏教の慈悲の精神を説き、殺生禁断の戒を忘れるなと交渉優先を勧めるのはジグミ・シンゲ・ワンチュク雷龍王四世だった。しかし和平交渉は最終的に決裂し、ブータン国会は「最後の手段」決行を決議する。国王の絶対拒否権はすでに全面放棄されていたから、国会決議は最終決議。軍の最高司令官である王には、決議に従う義務があった。

そして、彼はその義務を完璧になした。その完璧ぶりは、ぜひ本書で確認していただきたい。

リーダーという言葉と戦略という言葉は、表裏一体である。戦略を立て実行すること。それがリーダーの役割であるが、しかしこの「戦略」という言葉の本来の意味に、最初から最後まで忠実でいられるリーダーがどれほどいるのだろうか。それ以前にそれを正しく理解している人がどれくらいいるのだろうか。

戦いを、略す。

それは、戦長である自らを略すという形で結実するしかないことを知る人の数はいかほどであろうか。

著者も、そして陛下もそれを成した。

ブータンの民に、それが出来るか。

そして我々に。

私は過去に二度ほど自らを略したことがある。だからそれが不可能ではなく、そして実は誰でも出来ることを知っている。しかしそのことをどれだけ信じてもらえないかも知っている。しかし信じてもらう以前に、「リーダーとはそういうものだ」ということが知られていないことも知っている。

だからまずは見てほしい。

見間違えようのないリーダーの実像を。

Dan the Leader of His Own