出た、出た。やっと出た。

2009.04.08 初出
2013.10.31 文庫版発行につき改訂

この本を、待っていた。

こんな本を、ではなくこの本を。

そして、この国は待っている。

この本を最大限活用してくれることを。

本書「不透明な時代を見抜く「統計思考力」」は、「学力低下は錯覚である」をあざやかに証明してみせた著者が、その証明力を読者に分け与えるべく著した一冊。

目次(原著) - Discover - 書籍紹介
はじめに
第1章 基礎編 データを見る
それ、ほんとう? まず元データに当たる習慣をつけよう!
1 生データを入手する
  • それホント?まずは生データに当たれ!
  • 数学が出来る=年収が高い?
  • 自分にとって重要な数字を頭に入れておく
  • アメリカ・ベンチャービジネスの幻想
2 データを図にする
  • データを時系列のグラフにするとよくわかる
  • 検証 若者の読書離れはほんとうか?
  • 本は本当に売れなくなっているのか?
  • インターネットは本の敵?
  • 読書離れしていない若者とは?
  • 昔と今の大学生はイコールではない
  • 結局、読書離れしているのはだれか?
  • それでも本は読まれている
  • 検証 小泉改革は格差を拡大したのか?
  • 格差を測るものさし - ジニ係数とローレンツ曲線
  • 公式統計を見る(1) 日本のジニ係数からの検証
  • 公式統計を見る(2) 完全失業率からの検証
  • 公式統計を見る(3) 非正規雇用のデータからの検証
  • データ集めのむずかしさ(1) 新しすぎる概念〈ワーキングプア〉
  • データ集めのむずかしさ(2) データの信頼性という問題〈ワーキングプア〉
  • データ集めのむずかしさ(3) 数えきれない数〈ホームレスとネットカフェ難民〉
  • 国の豊かさを測る(1) 平均給与
  • 国の豊かさを測る(2) 一人当たり実質GDP
  • 国の豊かさを測る(3) 貯蓄ゼロの世帯
  • 検証結果をまとめる
  • ジニ係数は万能ではない
  • 私見 - 右肩下がりの時代に
  • 検証 連続する事件や事故に関係はあるのか
  • 似たようなニュースが続く理由
  • 航空事故は流行るのか?
  • 地震は続く - ポアソン分布の怪
  • すべての事件に物語があるわけではない
3 専門外のデータはこうして読もう
  • バイオ燃料が地球を救う?
  • 木を見て森も見る
第2章 中級編 データを読む
統計の基本を知って、正しく読もう
1 基本をおさえる  平均と分散
  • 「平均」値が実感と合わないのはなぜ?
  • 庶民とお金持ちはここが違う
  • 株価の動きは読めるのか?
  • 株価の動きに規則性はあるのか、ないのか?
  • 中学数学でわかる標準偏差
  • 標準偏差はなぜ2乗してルートを取るのか?
2 足したら出てくる 正規分布
  • ゆがみにご注意 - ワイプル分布
3 一を聞いて十を知る 大数の法則
  • なぜ、開票率数%で「当確」が出るのか?
  • アンケートは偏ることもある
4 分けて考えるべき分布
  • 奇跡の公式 - ブラック・ショールズ評価式
  • 分けて考えるべき分布
  • 平均・分散が存在しない世界
  • 安全な資産運用は幻想である
5 因果関係と間違えるな - 相関
  • 勉強が好きなら成績もいい?
  • 勉強時間が増えれれば成績が上がる?
  • 「相関が高い」と言えるとき、言えないとき
  • 相関係数は曲がったことが嫌い
  • 関係ないのに相関係数が高い話
第3章 上級編 データを利用する
過去データから未来を予測する
1 未来を予測する
  • 経済予測はなぜプロでもむずかしいのか?
  • ブラック・スワン
  • 人口はわたしたちに未来を語りかけている
  • 失業率のニュースをどうとらえるか?
  • 日本の出生率は上がるのか?
  • 人口ピラミッドで日本のこれからを読む
  • 中国の繁栄はいつまで続くのか?
2 思考を錬磨する - オープンコラボレーション
  • ロジカルな議論の実践 - 共産党の国会質問
3 自力で考えることの最大の敵
統計・文献ガイド
あとがき
参考文献
Masahiro Kaminaga's Weblog: 統計リテラシーの本を書きました
本書は,ビジネスパーソンのための統計リテラシーの本です.

ああ、「はじめての課長の教科書」もそうだったけど、なぜ名著の著者というのは自著のスコープを過小適応するのだろう。本書は、ビジネスパソーンにももちろん役に立つ。しかし本書は「有権者」、すなわち社会に対して権利を持つ者すべてに役に立つ、統計を超えたリテラシーそのものの本なのだ。

まだ社会がイエとムラしかなかった頃には、直感が現実にそぐわないこともそれほどなかっただろう。しかし今や我々が相手にしなければならない社会はずっと大きい。「ムラ」でさえ数千から数十万の人口があり、「クニ」ともなれば億を超え、そして「セカイ」ともなれば七〇億にも達しようとしている。

そんな大きな世界を直感するための糧がデータであり、そのデータを消化するのが、統計思考力なのである。そしてそれは、既得権益を有する、持てるものに対する、持たざるものの唯一にして最大の武器なのである。

第一章では、まず生のデータを丸呑みすることを学ぶ。実はそれだけでも見えなかったことが見えてくる。いや、世間の偏見がどれだけ我々を盲目にしているのかが明らかとなる。たとえば、「近頃の若者は本を読まない」という偏見がある。それがウソであることは、以下のグラフで一目でわかる。

全国学校図書館協議会|調査・研究|「第58回読書調査」の結果より - 文庫版P.43

「生データ一発で嘘発見」は、本blogの「常套手段」でもある。実はこの第一章を忠実に実行するだけでも、「ふつうの奴らの上」を行けるのだ。ここまでは、本書でなくとも「できる人々」はほぼ例外なくやっている。

しかし、本書のすごいのは第二章である。生データは諸刃の剣。そのまま呑むと腹を壊すことがある。そういう生データをいかに料理するのか。それが統計学である。統計学は理工学部でも実はきちんと教えず、頭ごなしに「こうしろ」と押し付けられることが多い学問なのだが、著者は「重点攻撃目標」を「分散」に定めることで、導出には大学レベルの数学が必要な「なぜこうする」を、中学生にもわかるように説明することに成功した。

してやられた、という感じだ。塾の講師をしていたとき、私もなぜ「標準偏差はなぜ2乗してルートを取るのか?」という質問を受けたことがあったが、どうしても彼女を納得させることが出来なかった。こんないい方があったとは!

これはどうやら本書の編集者である干場さんの功績であるようだ。すでにそれに慣れてしまったものには、「わからない」がわからないのだ。私もそうだし、著者もそうだっただろう。「わからない」を捨て置かなかった両者に乾杯。

そう。実は最も難しいのは、「そこに問題がある」を見いだすことなのである。それが第三章の課題であり、そして問題は見つかり次第、第一章に戻って料理すればいい。本書は見事な環となっているのである。

本書で唯一残念だったのは、内容ではなく出版時期。出来れば3月中に出してほしかった。「ビジネスパソーンのための」本であれば、本書が最も旬であったのは決算期直前なのだから。しかしそうなったのにはわけがある。査読のためにそれだけの時間が必要だったのだ。

目次をご覧になるとわかるかと思いますが,本書ではかなり広範囲の話題を扱っています.そこで,石橋良信先生(環境科学),稲葉寿先生(人口学),魚橋慶子先生(情報幾何学,統計学),神林博史先生(社会学),高安秀樹先生(経済物理学)に査読していただきました.私の専門外の領域については,専門家の方々に協力して頂くことによって,完成度が格段に上がったと思います.

本書は、一般書のわかりやすさと学術書の精確さを兼ね備えた、ノンフィクションかくあるべきという一冊でもある。期末を逃したのは惜しいが、しかし待ったおかげで本書は「ビジネスパーソンのため」を超えた、「有権者、そしてこれから有権者になる者すべてのための」という、より普遍性のあるものに仕上がった。

Don't politic, use data. by Marissa Mayer

著者のblogのスローガンであり、そして叡智ある群衆の一員たる我々がすべて心すべきスローガンでもある。Don't Panic, use data!

Dan the Endorser