文藝春秋田中様より献本御礼。

実は発売前に献本いただいたのだけど、書評が遅くなったのは「不透明な時代を見抜く「統計思考力」」を読んだ後に読んでほしい一冊だったから。というわけでお待たせしました。

"Don't panic, use data"の効用を一般的に説いたのが「統計思考力」なら、それを「食糧」に適用したのが本書。知的空腹感を満たすと同時に、情的不安を抑えるという二つの効果抜群の一冊だ。

本書「「食糧危機」をあおってはいけない」は、我々の経済活動のうち、もっとも基本的かつ切実で、それ故に「あおられやすい」食糧に関する疑問一つ一つを、データを駆使して丁寧に解き、説いた一冊。

目次 - 文春のサイトもAmazonもしょぼいので、大幅増補
はじめに
第1章 「爆食中国」の幻想
食糧危機説:BRICsの成長で、穀物の需要急増
穀物消費が増えないカラクリ
中国の背後にブラジルあり
「畜産革命」
爆食中国の真相
先進国=アメリカ化の勘違い
牛肉より豚肉
インド人はベジタリアン
イスラム圏のチキン好き
エチオピア人はコメを食べない
食肉需要の難所は超えた
第2章 「買い負け」で魚が食べられなくなる?
食糧危機説:買い負けの広がり
寿司のブームはあくまでブーム
世界に魚食文化は少ない
日本の魚食文化の神話
中国の川魚は高級食材
第3章 二一世紀、世界人口は減少に転じる
食糧危機説:買い負けの広がり
アジアをおおう教育熱
働く女性は、子どもはひとり
農村はどんどん貧しくなる
農業機械が、労働力の離村を可能にした
世界規模で人口減少
他の地域とは異なるアフリカ
人口はすでに七合目
第4章 生産量はほんとうに限界か?
食糧危機説:
  • 食糧生産は限界に達した
  • 農業用地が減少している
  • 水が足りない。肥料も足りなくなる
  • 地球温暖化の悪影響
  • 在庫率の低下が示す深刻な現実
人類史を変えた「緑の革命」
化学肥料が可能にした
値崩れ防止の減反が世界的流れ
不利な農地が要らなくなった
"いい加減"農業が経済的なところもある
アフリカ農民を苦しめた豊作貧乏
先進国同士の穀物の押し付け合い
水資源には十分な余裕
針小棒大な枯渇説
無謀な計画で干上がったアラル海
乾燥地帯で無理な耕作はしなくて良い
「バーチャルウォーター」
肥料の心配は二百年早い
地球温暖化は食糧生産アップの要因
では在庫率の低下はなにを示しているのか。
「世界同時不作」への疑問
第5章 「バイオ燃料」の嘘
食糧危機説:バイオ燃料でパンが消える
穀物価格高騰の真因
農業保護とセットのアメリカのエネルギー計画
補助金頼みのトウモロコシ燃料
余裕のあるブラジルのバイオ燃料生産力
アメリカの政策の狙い
石油価格に翻弄される代替燃料
第6章 繰りかえされる食糧危機説
食糧危機の起源 - 「成長の限界」
第二のエポックだった、「だれが中国を養うのか」
80年代には忘れられていた
三度目の危機説到来
「危機説」の見逃していた視点
内政とリンクする農業
心配しているのは日本人だけ
システム分析 軍事からビジネスの世界へ
食物問題をシステム分析で見る
幅広く捉えることの重要さ
横軸だけではなく、縦軸も重要
日本人はシステムよりも職人好きだが
第7章 ほんとうの「食糧問題」とは?
あんパン値上げ
発展途上国と食糧輸入を競っている日本
二十四時間の労働でコメ一年分
農林水産省の「不測の事態」
日本の食糧自給率四割の理由
なぜ日本人は「一億総飢餓」をイメージするか
「不測の事態」は起こったためしなし
輸出禁止は農家の利益に反する
平和を保つことこそ最大の食糧安全保障
二つの学派 自由貿易と保護農業
「フードマイレージ」のいかがわしさ
あるべき日本の農業
あとがき
参考文献

項レベルまで目次を引用したのは、それが本書が「木を見て森も見ている」ことの一番の傍証だから。そして「木を見て森も見る」ことこそ、まさに専門家の面目躍如なのだ。データさえあれば我々素人でも森を見れることを教えてくれたのが「統計思考力」であり、そして放っていても我々は木を見てしまうものだが、両方に目を配るだけの手間ひまともなると、専門家が必要となる。

で、目次を見ての通り、手前味噌ながら森に関しては本blogの主張とほぼ一致している。

しかし、木々に関しては、私にとっても目から鱗な話が満載だった。特に肉に関する言及は、森しか見る余裕がない素人には提示できない視点だろう。メインディッシュも美味だったが、つきだしとかデザートとかといった脇役が素晴らしかった。

で、温暖化と食糧供給の関係なのだが、本書は決して

おごちゃんの雑文 ? Blog Archive ? 論理的思考が出来ない経済学者は単なる妄言吐き
どうせ大勢つっこんでるんだろうけど。
「食糧危機」をあおってはいけない 言いたい趣旨には賛同するのがけど、
地球が温暖化すれば、食糧生産は増える。
この一言で全てがどっちらけだ。自ら妄言吐きだと白状したようなものだから。

と安易に結論づけているわけではない。特に降雨の予測がまだきちんとできないことを紹介しているのは科学者ならではの誠実である。それらをふまえた上での「地球温暖化は食糧生産アップの要因」なのだが、どうして著者がそう結論づけたのかは、ぜひ本書で確認してほしい。

余談だが、書名をAs-Isで blog entry のタイトルにするのは、木を森と誤認しやすいので避けた方がよさそうだ。

もちろん、私は本書の意見に全面的に賛成しているわけではない。食糧危機を今まで克服してきた人類の叡智に対する楽観には私はそれほど違和感を感じないのだが、その分配に関する人類の愚行を過小評価しているように感じた。しかしそれとて、あおるレベルにはないという著者の主張には全面的に賛同する。「まあもちつけ」である。もちは余るほどあるのだから。

これだけ具沢山で、1150円はお買い得にもほどがある。ただあまりに具が多いので、「統計思考力」を先に読んだ方がおいしく残さず食べられるだろう。ごちそうさまでした。

Dan the Well-Fed