教科書に使いたい良本。だけにオビの使い方がもったいない。
「「国家の品格」に異議アリ!」とはあまりに品格がなさすぎる。
本書は、「情緒の夫」としての論理の大切さを、情を損なわずに説いた一冊。著者による「なぜ勉強するのか?」の言葉を借りれば、理解力と想像力と表現力に三つを兼ね備えた良著である。
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その中で、確かに「国家の品格」批判も登場する。これ、今まで目にした批判の中では最も良いもので、論理的でありながら情の乗った、批判かくあるべしというものではあるが、しかし本書の狙いが一段とスケールが大きい以上、あのオビは本書を卑小化してしまうのではなかろうか。
論理は情緒と対立するものではあるが、しかしトレードオフの関係にあるのでは決してない。むしろ私は情の強い人ほど論を発達させるという持論すら持っている。優れた論理の使い手は、単に理路整然としているのではなく、情を乗せるのが実にうまい。著者が日本のみならず世界に通じる作品を生み出してきたのも、「理にかなった情」あってのことだというのが本書を一読すれば明らかとなる。
「理にかなった情」ということで思い出されるのが、「シンドラーのリスト」だ。シンドラーの行動そのものは、情に突き動かされたものであることは見間違いようがない。「ユダヤ人を助けた方が得」という、理の帰結ではああはならない。しかし実際にユダヤ人を救うにあたって、シンドラーはあくまで論理的なのだ。
「この小さな手が、45mm砲弾の薬莢を磨くのに必要なのです」。リストの長さを少女一命分延ばしたのは、情ではなく理の力だったのだ。
本書が訴えている論理とは、そういう論理だ。
情緒なき論理は犯罪であり、論理なき情緒は寝言である。
Dan the Logically Emotional


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