薫日記経由で存在を知る。

オビより
ボクはこの本で現代数学の「洗礼」を受けた。忘れ得ぬ衝撃であった。--竹内薫氏推薦

なんというか、よく出来たカクテルみたいな一冊。口当たりがよいのでホイホイ飲んでいるうちに、良い酔いがドカンと来るというか。

数学者による「プロ」の数学や、数学教室で学ぶ「本当」の数学が登山だとしたら、本書「はじめての現代数学」は、ヘリコプターツアーのような一冊。自ら足で未踏峰に立つ喜びはさすがに本書でも味わえないが、しかし峰の美しさは、窓越しからも見て感じ取れるのだ。

目次 - Amazonのものを大幅増補
まえがき
文庫版まえがき
  1. 「モノ」から「コト」へ
    1. 現代数学のイメージ
    2. 代数方程式の解法についての構造主義的方法
    3. 非ユークリッド幾何学の発見と別世界への旅
    4. 解析学における無限取り扱いマニュアル
  2. 無限の算術・集合論
    1. 再び「モノ」的無限へ
    2. 果てしない無限の彼方
    3. 集合論内の矛盾の発見と数学の危機
  3. 柔らかい空間・トポロジー
    1. 近さの発見から位相空間へ
    2. 位置とつながり方の幾何学(1)―グラフ理論
    3. 位置とつながり方の幾何学(2)―ホモロジー理論
    4. 位置とつながり方の幾何学(2)―ホモトピー理論
    5. ポアンカレ予想と四次元空間
  4. 形式の限界・論理学とゲーデル
    1. 納得、説得と論理
    2. 論理の記号化
    3. 正しいことと証明できることの違い
    4. 模型としての論理の無矛盾性と完全性
    5. 形式の限界、ゲーデルの不完全性定理
  5. 現代数学の冒険
    1. あいまいさの数学・ファジイ理論
    2. 複雑さの数学・フラクタル理論
    3. 不連続現象の解析・カタストロフィー理論
    4. コンピュータと現代数学・四色問題をめぐって
    5. 現代数学・その意味と形式

本書でまず驚くのは、扱っている現代数学の範囲の広さと、その薄さ。各章どころか各項だけで一冊本が成立する内容を、240ページ足らず、それも文庫におさめている。ここ四半世紀で読んだ「まとめ」の中で、これほどすごい「まとめ」を見たことがない。

次に驚くのが、そのカジュアルな姿勢。数学を「やる」が本格登山なら本書は「ツアー」だというのは前述のとおりだが、本当にTシャツ一枚でとか、下手するとSMAPPAでという気軽さなのだ。数学嫌いには拷問に近いあの背理法(英語の Reductio Absurdum はもっと拷問チックだ)も、本書にかかれば「ハイリハイリユエハイリホー)ってところである。身構える必要は全くない。

そして最後にそれでも驚いてしまうのは、それでいてきちんと抑えるべきところが抑えてあるということだ。私は数学者ではないので、まがりなりにもきちんと登山した(しかもそれも単独ではなくシェルパ付き)と言えるのは第二章と第四章ぐらいなのだが、第四章の山田正紀の「神狩り」を肴に、「このようにただ一つの論理記号で論理を操ることができる人類は、実はメタ神なのだろうか」ともっていくのは、数学的文学的合気道ここにあり!といった見事さだった。ちなみにこの「ただ一つの論理記号」とは、なんどことはないNANDゲートのことである。

このように本書のすごさを支える構造も、まさに現代数学を支える構造、すなわち「モノからコト」へ、あるいは「ネタ・ベタ・オタからメタへ」という構造と合致している。本書にもちらりと登場する圏論(ただし本書では英語そのままの「カテゴリー」)の言葉を使えば、本書はあまりに見事な現代数学圏と現代社会圏を結ぶ functor (ファンクター; 関手)なのだ。

別に誰もが登山家になる必要はない。しかし山々の美しさを、ちらりとでも目にしておくのは、登山家でなくとも実に有意義なことであると、久々の富士山を見ながら思ったのであった。

Dan the Mathematical Being