薫日記経由で存在を知る。
オビよりボクはこの本で現代数学の「洗礼」を受けた。忘れ得ぬ衝撃であった。--竹内薫氏推薦
なんというか、よく出来たカクテルみたいな一冊。口当たりがよいのでホイホイ飲んでいるうちに、良い酔いがドカンと来るというか。
数学者による「プロ」の数学や、数学教室で学ぶ「本当」の数学が登山だとしたら、本書「はじめての現代数学」は、ヘリコプターツアーのような一冊。自ら足で未踏峰に立つ喜びはさすがに本書でも味わえないが、しかし峰の美しさは、窓越しからも見て感じ取れるのだ。
目次 - Amazonのものを大幅増補文庫版まえがき
- 「モノ」から「コト」へ
- 現代数学のイメージ
- 代数方程式の解法についての構造主義的方法
- 非ユークリッド幾何学の発見と別世界への旅
- 解析学における無限取り扱いマニュアル
- 無限の算術・集合論
- 再び「モノ」的無限へ
- 果てしない無限の彼方
- 集合論内の矛盾の発見と数学の危機
- 柔らかい空間・トポロジー
- 近さの発見から位相空間へ
- 位置とつながり方の幾何学(1)―グラフ理論
- 位置とつながり方の幾何学(2)―ホモロジー理論
- 位置とつながり方の幾何学(2)―ホモトピー理論
- ポアンカレ予想と四次元空間
- 形式の限界・論理学とゲーデル
- 納得、説得と論理
- 論理の記号化
- 正しいことと証明できることの違い
- 模型としての論理の無矛盾性と完全性
- 形式の限界、ゲーデルの不完全性定理
- 現代数学の冒険
- あいまいさの数学・ファジイ理論
- 複雑さの数学・フラクタル理論
- 不連続現象の解析・カタストロフィー理論
- コンピュータと現代数学・四色問題をめぐって
- 現代数学・その意味と形式
本書でまず驚くのは、扱っている現代数学の範囲の広さと、その薄さ。各章どころか各項だけで一冊本が成立する内容を、240ページ足らず、それも文庫におさめている。ここ四半世紀で読んだ「まとめ」の中で、これほどすごい「まとめ」を見たことがない。
次に驚くのが、そのカジュアルな姿勢。数学を「やる」が本格登山なら本書は「ツアー」だというのは前述のとおりだが、本当にTシャツ一枚でとか、下手するとSMAPPAでという気軽さなのだ。数学嫌いには拷問に近いあの背理法(英語の Reductio Absurdum はもっと拷問チックだ)も、本書にかかれば「ハイリハイリユエハイリホー)ってところである。身構える必要は全くない。
そして最後にそれでも驚いてしまうのは、それでいてきちんと抑えるべきところが抑えてあるということだ。私は数学者ではないので、まがりなりにもきちんと登山した(しかもそれも単独ではなくシェルパ付き)と言えるのは第二章と第四章ぐらいなのだが、第四章の山田正紀の「神狩り」を肴に、「このようにただ一つの論理記号で論理を操ることができる人類は、実はメタ神なのだろうか」ともっていくのは、数学的文学的合気道ここにあり!といった見事さだった。ちなみにこの「ただ一つの論理記号」とは、なんどことはないNANDゲートのことである。
このように本書のすごさを支える構造も、まさに現代数学を支える構造、すなわち「モノからコト」へ、あるいは「ネタ・ベタ・オタからメタへ」という構造と合致している。本書にもちらりと登場する圏論(ただし本書では英語そのままの「カテゴリー」)の言葉を使えば、本書はあまりに見事な現代数学圏と現代社会圏を結ぶ functor (ファンクター; 関手)なのだ。
別に誰もが登山家になる必要はない。しかし山々の美しさを、ちらりとでも目にしておくのは、登山家でなくとも実に有意義なことであると、久々の富士山を見ながら思ったのであった。
Dan the Mathematical Being

「ただ一つの論理記号」は二つあるわけで、それが二つの論理記号で論理を操るということでしょうか?