文藝春秋下山様より献本御礼。
初出2009.05.07; 販売開始まで更新
す・ご・い。
もし風呂で読んでいたとしたら(おすすめしないが)、"Eureka"と叫びつつSMAPPAで街を徘徊してもおかしくない一冊。科学ミステリーとしては、「フェルマーの最終定理」を超え、"The Double Helix"以来の金字塔と認めるのにやぶさかではない。
読まずに、死ぬな。
本書「アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ」は、アンティキティラ島の機械を巡る。2000年の物語。
目次- 海底より現れしもの
- ありえない
- 「戦利品」
- 科学史は塗り替えられた
- 大胆な推理
- 十九世紀のコンピュータがふたりを結びつけた
- すべては解読の名誉のために
- 最強の布陣
- 見事な設計
- アルキメデスの影
謝辞
訳者あとがき
本書は、この"The Machine"をポンペイウスのローマ軍がギリシャからローマに海路で運び去る途中、船が難破し the machine が海中に没して二十世紀後に海中から引き上げられ、そしてそれからさらに一世紀の時をかけその仕組みが解明されるまでを、時計職人が時計を分解し、そして再び組み立てるかのごとき緻密さで追っている。これだけ複雑精巧にして数奇な運命をたどった機械の歴史を追うのに、それは必要最低限のプロセスだったのだ。本書の執筆にかかった二年というのは、その行程を思えばそれでも超特急なのである。
それだけに、じっくり読みたい一冊でもある。第一章を読んで私はすぐに読速を落とし、四時間ほどで読了してしまったがそれでも速すぎる。丸一日、いや一日一章づつぐらいの速度で読みたい。ただし本書は何度も再読できるタイプの本でもあるので、速く読みすぎてしまった人は、今度は参考文献を漁りながら本書を読み解き直してみよう。私は「占いと暦の科学」と「腕時計一生もの」を本棚から引っぱり出して読み返した。
で、 the machine である。Arthur C. Clarke は、それについてこう述べている。
二千年以上前の物と推定されるアンティキテラの機械。
そこに使われているテクノロジーは、
十八世紀以降のものとしか考えられない水準である。
まさしく歴史の基礎を築いた最大の機械発明に数えられるだろう。
そして、こう続けている。
本書をきっかけに、いまなお正しい評価がなされていない
この古代の出土品に、
ふたたび関心が高まることを願ってやまない。
Clarkeは惜しくも本書の上梓を前に亡くなっているが、もし「遙かなる地球の歌」執筆時点で本書のレベルで the machine が解明されていたら、ツタンカーメンのマスクではなくこちらの方を採用していたのではないか。
それではClarkeをしてここまで言わしめる the machine は一体なんだったのか。それが計算機 - computer であったことまで書いても、ネタバレには当たらないだろう。なにしろ本書のタイトルである。そしてそれが何らかの天体現象を計算するためのコンピューターであったことも、原題の"Decoding the Heavens"にあるのでまだ大丈夫。そしてありがたいことに、Wikipedia日本語版を引用しても、まだ大丈夫。
アンティキティラ島の機械 - Wikipediaアンティキティラ島の機械(アンティキティラとうのきかい、Μηχανισμός των Αντικυθήρων, Michanismós ton Antikythíron)とは、オーパーツのひとつで、ギリシャのアンティキティラ島付近で沈没した船から発見された。見つかったのはブロンズ製の歯車の一部分で、目盛りやおよそ2000の文字が刻まれていた。
ここまでは、前世紀にも知られていた。しかしオーパーツとはねえ。
オーパーツ - Wikipediaオーパーツ (OOPARTS) とは、「場違いな工芸品」という意味。それらが発見された場所や時代とはまったくそぐわないと考えられる物品を指し、英語の Out Of Place Artifacts の頭文字をとったものである。日本語では「時代錯誤遺物」と意訳されることもある。
確かに the machine は2000年前ではなく200年前のものとしても通用するほど精巧かつ精密な機械であるが、しかし場所や時代とはまったくそぐわないわけではない。この機械を設計するのに必要だった知識は、ギリシャどころか古代エジプトやバビロニアまでさかのぼれるものだし、そして the machine の材料は、オリハルコン(笑)ではなく、青銅。もちろん当時にもあった。時代錯誤なのは the machine ではなく我々の歴史認識の方であることを、本書は教えてくれる。
そして、思わず「にぱあ」としてしまったのが、ここ。
アンティキティラ島の機械 - Wikipedia1958年、ケンブリッジ大学のデレク・プライス教授が復元したところ、複数の歯車を組み合わせた差動歯車機構による精巧な太陽、月などの天体運行を示す機械であることが判明した。
ふっふっふ。プライスは本書でも重要人物であるが、しかし the machine のプログラムを読み切った人ではない。プライスの復元は「だいたいあってる」程度であって、実はプライスの想像をさらに上回る高度なプログラムが内蔵されていたことが明らかになったのは、ついこないだのこと。英語版Wikipediaにはこのことは反映されているが、さすがにこれはネタバレラインを超えてしまうのでリンクするにとどめておく。読了した人のみリンクを追うこと!
それにしても、 the machine が21世紀の我々につきつけた事実には、考え込まされる。考えるべきことはあまりに多いが、とりあえず私は以下の三つの点にまとめている。
一つは、それがマイクロエンジニアリングの至宝であること。the machine の最大の部品は、わずか13cm。223個の歯がついた歯車だ。歯の間隔は、わずか1.83mmということになる。これがスムーズに回るために許された誤差はどれくらいだろうか。しかも223というのは素数。たとえば60のように、2等分と3等分と5等分を繰り返して角度を割って作るということが出来ないのだ。ピラミッドのようなマクロエンジニアリングの至宝であれば、世界のあちこちに存在するが、マイクロエンジニアリングの成果ともなるとこれくらいしか残っていないのだ。
二つは、ローマ帝国の「悪影響」。ローマ帝国の崩壊はヨーロッパに千年の暗黒時代をもたらしたが、しかしそのローマもまた、千年の暗黒時代をもたらした可能性を、the machine は告発しているように思える。ローマは優れた civil engineer = 土木技術者ではあった。そしてギリシャの成果物に多いに理解を示してもいた。このあたりの事情は「ローマ人の物語」に詳しいが、しかしローマは、ギリシャの成果物には価値を認めても、その成果を可能にした技術には無頓着であったとしかいいようがない。さもなければローマ製の machine がいたるところで見つかっていたはずだが、実際に見つかったのはこれだけなのだから。
そして最後は、「プライスの法則」。プライスの法則とは、本書の重要人物の一人、デレク・デ・ソーラ・プライスが見いだしたもので、科学知識が指数関数的に増えていくことを指す。現代人にとっておなじみの「ムーアの法則」もこれの変種と見なせるだろう。
the machine は現代人にとってごく当たり前にも感じられるこのプライスの法則の反証でもあるのだ。科学技術は過去から現代、そして現代から未来へ一方的に進歩するとは限らない。プライスの法則が成り立つようになったのは、早くてもルネサンスあたりからであり、法則として見れるようになるのには産業革命を待たねばならなかった。そして中世人にとってローマの水道橋が「悪魔の橋」であったのと同様、ローマ人にとって the machine はオーパーツであったのだ。
「100年に1度の経済危機」と人はいう。しかし the machine が生き抜いた20世紀の間に起こった文化・文明の滅亡と比べたら、まったくもってものの数ではない。我々は金を失ったかも知れないが、智慧を失ったわけではないのだから。
しかし、智慧は、失われうる。そして一度失われた智慧を取り戻すためには、千年の時が必要となることすらあるのだ。実のところ、智慧の連鎖というのは the machine の歯車のように繊細で、案外簡単に壊れうるのだ。それを防ぐ唯一の手段が、学びつつけるということなのだろう。学びが美徳である時代に生まれただけでも相当な幸運であることを、改めて噛み締めている。
Dan the Man of the Age of Science and Technology

結果論で正当性を主張する間抜け発見。