翔泳社より献本御礼。
「近頃の若い者は」といいかけたあなたの、そしてあなたの親、上司、教師、先輩に対する特効薬。「近頃の若い者」たちの本当の姿を、膨大なデータとインタビューから明らかにし、彼らこそ未来、それも直近の未来を託すのにふさわしい者たちであることを実証した一冊だ。
本書「デジタルネイティブが世界を変える」、原題"Grown up Digital"は、「ウィキノミクス」の著者による、「デジタルチルドレン 」、原題"Growing Up Digital"の続編、いや本編。生まれたときからデジタル環境で学び育った彼らも、いよいよ成人し「社会人」となった今、彼らが「どんなふう」に考え、そして「どんなようなことを」目指しているのかを、近くは彼らデジタルネイティブ世代の成人のうち最も若い、著者の娘と息子を通して、そして遠くは全球的データを元に分析し考察した渾身の一冊である。
目次 - デジタルネイティブが世界を変える:SEshop.com/商品詳細より- 日本語版への序文
- 第1部 ネット世代登場
- 第1章 成人になったネット世代
- 第2章 ビット漬けの世代
- 第3章 世代の特性 - ネット世代の八つの行動基準
- 第4章 ネット世代の頭脳
- 第2部 既成制度を変革する
- 第5章 教育を再考する - ネット世代における教育
- 第6章 人材管理を再考する - 職場におけるネット世代
- 第7章 Nフルエンスネットワークとプロシューマー革命 - 消費者としてのネット世代
- 第8章 新しい家に勝る場所はない - ネット世代と家族
- 第3部 社会を変革する
- 第9章 オバマ、ソーシャルネットワーク、市民参加 - ネット世代と民主主義
- 第10章 世界を根本的に良い場所に
- 第11章 未来を守る
- 訳者あとがき
- 補遺
- 注
- 索引
いつの時代も、若者というのは無教養で無思慮だという非難を浴びてきた。しかしこのデジタルネイティブ世代ほどそれを厳しく受けている世代もなかったのではないだろうか。著者はそれらの非難を以下のようにまとめている。
- この世代は、自分たちが彼らの年齢だった頃と比較して頭が悪い
- ネット世代はネット中毒であり、社会的スキルがなく、スポーツなど健康的な活動に時間を費やさない。
- ネット世代は恥を知らない。
- ネット世代は、両親に甘やかされてきたため、ぶらぶらするばかりで定職に就こうとしない。
- ネット世代は平気で盗む。
- ネット世代はオンラインでいじめ行為をする。
- ネット世代は暴力的だ。
- ネット世代は職業倫理を持たない最悪の職業人だ。
- ネット世代はナルシステックな最新型「ミー世代」だ。
- ネット世代は周りに関心を示さない。
著者はこれらの偏見を丁寧にほぐしつつ、ネット世代には以下の8つの行動規範があると説く。
- ネット世代は何をする場合でも自由を好む。選択の自由や表現の自由だ。
- ネット世代はカスタマイズ、パーソナライズを好む。
- ネット世代は情報の操作に長けている。
- ネット世代は商品を購入したり、就職先を決めたりする際に、企業の誠実性とオープン性を求める。
- ネット世代は、職場、学校、そして、社会生活において、娯楽を求める。
- ネット世代は、コラボレーションとリレーションの世代である。
- ネット世代はスピードを求めている。
- ネット世代はイノベーターである。
以上の行動規範は、ネット前世代にとっても決して悪いこととは見なされない。むしろ美徳の方に分類されるだろう。しかし前世代にとっては、これらは美徳であると同時に、建前でもあった。自由もカスタマイズも情報操作も誠実性も娯楽もコラボレーションも、そしてイノベーションも、「大人の事情」の前には一歩譲ることになっている。
しかしネット世代にとっては、これらは全て本音であり、ガチであり、ネイティブなのである。大人はそんな彼らを中二病と呼ぶけれども、彼らにしてみれば、大人こそ成人病あらため生活習慣病なのである。
今までの生活習慣を続けるためなら、若者の未来を食いつぶしても構わない、という病。
治療が必要なのは、彼らではなくむしろ彼らの先輩であり、上司であり、親ではないのか。
そして本書は説く、彼らには自らの面倒を見るにとどまらず、親世代の「生活習慣病」を癒すだけの力量をも持っているのだと。
確かに、彼らは今までで最も高度な教育を受け、最も強い自己主張をしつつも、最もコラボレーティヴで、最も非暴力的でありながら、最もグローバルに行動する世代である。 本書の分類では、Obamaは彼らの一つ上のX世代(1965-1976)どころかベビーブーマ世代(1946-1964)ということにはなるが、行動規範的には完全にネットネイティブだ。ミー世代とはとんでもない。彼らこそウィー世代だと私は強く感じる。
しかし、米国やBRICsと日本や欧州とは決定的に見える違いが一つある。それが人口ピラミッドだ。後者のそれは、数で旧世代に負けている。本書の価値が、自然の勢いにまかせておけばいい前者に対してより後者、特に日本に対して高い所以である。
前者の国々においては、確固たる戦略がなくとも、ネット世代がその世界を制覇することは可能であり、事実そうなりつつある。これらの国々の旧世代に対する本書のメッセージは、「安心して下さい」である。しかし、後者の国々においては、そのまま放っておいてはいつまでたってもネット世代はリーダーとなることを許されない。それはネット世代に対しても悲劇だが、実は旧世代にはさらなる悲劇なのだ。最も有能な世代を生き腐らせ、彼らであればもっと有効活用できたであろう資源を食いつぶし、そして彼らの呪詛を念仏にこの世を去るなんてぞっとしない絵ではないか。
よって本書のメッセージは、「信頼して下さい」である。そして、出来ることなら、生年月日を問わず、彼らの行動規範を取り入れるという「参加してください」でもある。そんなに難しいことではない。blogosphereにはそういう人々がいくらでもいる。ネイティブほどには自然に出来ないかも知れないが、しかし外国語と同じでやっているうちにいくらでも「流暢」になる。
そして、それは実に楽しい行為である。そこには若者に媚びるという卑屈さは微塵もない。そもそもそんな卑屈さを彼らは求めていない。彼らが求めているのは、あくまで対等な勝負なのだから。
今年の選挙がいつになるかはまだわからない。しかし来年になるということはないだろう。カードは旧世代の方にある。彼ら、いや我々がどれだけ既得権という、資本に見える負債を捨てられるのかが鍵となるだろう。
いや、捨てるのでない。委ねるのだ。より賢く、より速く、より協調的な、彼らに。それが怖いという人は、よほど姥捨て山に捨てられるのが怖くないということにいいかげん気がつくべきだ。本書がそのきっかけになることを願わずにはいられない。
Dan the X-Generation
そのネイティブの一人として言わせて頂きますが、まったくその通りです。
私はまだ成人もしていなければ社会人でもありませんが、周りを見渡せばデジタルを玩具としてしか扱っていない人が多数です。
デジタルに閉じ込められていて、それを理解して、発展させようとする気は更々ない人だらけです。
ただ、そのなかにも、若いうちから独学でデジタルを学び、GoogleやDeNAなどに刺激されながら開発、発展をしている若者も確かにいます。