早川書房東方様より献本御礼。
2009.05.25 初出 2014.07.24 文庫化につき更新
本書こそ、今最も恐るべき一冊だ。
初の著作がこれだとは、著者恐るべき。
本書「リスクにあなたは騙される」の原題は"Risk: The Science and Politics of Fear"、直訳すれば「リスク:科学と恐怖政治」となる。そう。本書は、むしろ「機会」をも意味する「リスク」ではなく、恐怖というものそのものに関する本なのだ。
目次 - Amazonより- プロローグ
- 第1章 リスク社会
- 第2章 二つの心について
- 第3章 石器時代が情報時代に出会う
- 第4章 感情に勝るものはない
- 第5章 数に関する話
- 第6章 群れは危険を察知する
- 第7章 恐怖株式会社
- 第8章 活字にするのにふさわしい恐怖
- 第9章 犯罪と認識
- 第10章 恐怖の化学
- 第11章 テロに脅えて
- 第12章 結論―今ほど良い時代はない
- 謝辞
- 注
- 訳者あとがき
本書の問題提起は、オビのこの一言にとどめをさす。
リスクにあなたは騙される:ハヤカワ・オンライン史上最も安全で健康な私たちが、なぜ不安に怯えているのか?
そうなのだ、ありとあらゆる統計が、我々は至上最も安全で、健康で、長生きであることを示している。個人の趣向はとにかく、社会的な幸福の定義に照らし合わせれば、我々は最も幸福な時代に生きていることになる。にも関わらず、なぜ我々はテロに怯え、「ならずもの国家」に怯え、そして新型インフルエンザにおびえ続けるのか。
その原因は、我々の心、いや、二つある心のうちの一つにあると著者は説く、本書では、「腹」と表記されているそれだ。原著は未読だが、おそらく"gut"となっていたはずだ。私なら「肝」と訳しただろうか。現代人の感じる恐怖、というより恐怖に対する違和感は、この「頭」と「腹」の乖離にある。いくら「頭」では恐れるべき「理解」できても、「腹」が恐怖を「実感」してしまうことは止められないのだ。
ここまでは、我々も薄々気がついているはずだ。しかし本書の本当にすごいのはここからだ。
「頭」と「腹」の食い違いを巧みに利用して利をせしめている者がいるのだ。
それが誰かは、本書で確認して欲しい。しかしこいつだけははずせないという者が、どうしても二人いる。 Bin Laden と George W. Bush である。本来敵どおしの両者であるが、しかし理性ではなく恐怖で世界を動かしたという点で両者は同類であり、そして後者の方がより多くの人を死に至らしめたことはすでに周知であるが、本書にまとめて提示されると、それの影響力--特に後者--の大きさに改めて愕然とする。
本書が Science だけではなく Politics を扱っている、いや、扱わざるを得ない理由が、ここにある。政治において決定力を持つのが「頭」よりも「腹」である以上、恐怖は科学よりも政治においてより大きな意味を持つ。だとしたら、「頭」は恐怖に対して無力なのだろうか。
それを克服した者がいる。本書にも登場する Franklin Delano Roosevelt である。合州国で最も長きに渡って大統領であった彼の第一回就任演説のこの言葉は、本書にも繰り返し登場する。
Franklin D. Roosevelt - Wikiquotethe only thing we have to fear is fear itselfフランクリン・デラノ・ルーズベルト - Wikiquote
恐れなければいけない唯一のものは、恐れそれ自体である。
今、世界が最も必要としている言葉は、これではないのか。
そして、この言葉は著者のいるカナダよりも、そして本書の主たる市場たる合州国よりも、安全で健康である日本こそが必要としている言葉ではないか。世界一安全で健康な日本人は、しかし世界一恐怖に弱いな人々でもあるのかも知れない。ちょっと経済が停滞しただけで年間の自殺者数が一万人も増え、「たかが風邪」が上陸しただけでマスクだらけになる。幸福だから恐怖に対する抵抗力が弱いのか、それとも元々恐怖に対する免疫があまりないのかはわからないが、最終章の「今ほど良い時代はない」は、日本においてこそより事実である。
それをどう実感にまで持っていくかは人それぞれであろうが、本書はその強力な一助となるであろう。タミフルより効くのは確かなのではないか。
Dan the Reasonably Fearless
それを必要としてる面もあるのだと思います。
恐怖すべきことがないときは、
些細なことでもそれに結び付け
心の均衡を保つようにしているのかなと。