PHPエディターズ・グループ田畑様より献本御礼。

書評がすっかり遅くなってしまった。発売日前に上げるつもりだったのだが。ちょっと体調を崩している間に発売日が来てしまったが、すでにAmazonでは売り切っているようだ。売れているようでなにより。

「今時の若者はすごい」の例が、また一つ加わった。

本書「いくつもの壁にぶつかりながら」は、特定非営利活動法人かものはしプロジェクトの代表の、19歳から27歳の今までの軌跡。

目次 - いくつもの壁にぶつかりながら?|?書籍?|?PHP研究所より
わたしが出会った、あるカンボジア人少女の物語
第1章 カンボジアの児童買春問題
第2章 かものはしプロジェクトのスタート
第3章 児童買春をなくすための事業モデル
第4章 パソコン教室でカンボジアに進出
第5章 農村の子どもたちを救え!
第6章 あたたかな支援に包まれて

かものはしプロジェクトとは一体何か。

かものはしの使命|寄付・募金・子ども・笑顔。かものはしプロジェクト
強制的な商業的性的搾取を防止する活動を、持続的かつ発展的に行うことにより、全ての子どもたちが未来への希望を持って生きられる世界を実現させる。

実はこの部分、リンク先のページでは画像なのだが、altタグにこの文言がきちんと入っている。同プロジェクトの事業の一環だけあって、なかなかきちんとしているではないか。

「強制的な商業的性的搾取を防止する活動」。ずいぶんと抽象的な言葉だ。しかし著者が19歳の時に出会った現実は、抽象的とはほどとおいものであった。

かものはしの使命|寄付・募金・子ども・笑顔。かものはしプロジェクト
私がこの問題を最初に知ったのは、大学生のときに東南アジアを訪問したときです。買春の被害にあった子ども達を保護する施設で、6歳と12歳の姉妹に出会いました。彼らは家が貧しかったために、売春宿に売り飛ばされ、電気ショックを与えられながら無理やり働かされいたところを保護されたのです。

同じ売春でも、「援助交際」などとぬるい言葉は出てきようがない現実が、そこにあった。1981年生まれの著者の19歳の時だから、世紀の変わり目である。前世紀ではない。私の娘達は現在10歳と7歳だが、カンボジアではもう「立派な商品」ということになる。

そう。売られるのだ。自らを売るのではなくて。

これは売春ではない。人身売買である。彼女達は売春婦ではない。奴隷である。

人権侵害だと叫ぶのは容易い。実際そういう人たちも多い。それもそれなりに効果を上げてきた。が、かの国で行われている人身売買は、赤の他人が赤の他人を売り飛ばすのではなく、親が子どもを売り飛ばすのである。そしてその親達もよく見るとかつては「売れられていた」人々が少なくない。被害者は被害者、加害者は加害者と単純に割り切れたらどれほど楽だろう。

しかし、日本とてついぞ一世紀前は似たり寄ったりの状況だったのだ。戦前は子供が病気になると、「治療費と葬式代とどっちが安い?」という電話相談があったそうだ。電話があるぐらいの近代でさえ、子どもというのは「いざとなれば売る」ものだったのだ。

それでは日本はどうやってそこから抜け出したのか。法の整備もあるだろう。人権意識の向上もあるだろう。しかしその全てを支えたのは、経済成長だった。子どもを売らなくても済むようになって、はじめて子どもを売るのは罪深いものだという意識が根付いたのだ。

これは、世界的な傾向である。そもそもなぜカンボジアだったかといえば、タイが経済発展したからだ。タイで子どもが売られないようになった結果、「市場」がカンボジアに移ったのだ。

子どもが売られないようにするためには、子どもを売らなくてもいいようにするしかない。

それが、著者がたどりついた結論だった。

かものはしの使命|寄付・募金・子ども・笑顔。かものはしプロジェクト
そんなときに出会ったのが現在、活動をともにしている仲間やサポーターの人たちでした。この問題の解決のために一緒に頭を悩ました。何度も現地に調査をし多くの人に意見を聞きました。そして、私たちは「事業」として児童買春の被害を解決していくことに決めました。

それがどのようなものであったか、著者たちがぶつかった壁は何だったのか、是非本書で確認していただきたい。読了後は二度と「近頃の若い者は」などという台詞ははけなくなるだろう。

それにしても近頃の若い者はすごいが、そのすごいのありようがやはりかつての若い者とは少し違う。こういうのもなんだが、かつてのすごい若者は現状と競合していたのに対し、今時の若い者は現状と協調しつつ問題を解決していくのだ。「デジタルネイティブが世界を変える」に描写されている若者の姿が、そこにある。たとえば著者はプロジェクトが軌道に乗るまで(そして多分今も)実家住まいだった。一度は両親に反対されたが、説き伏せたのだ。「かつての若い者」だったら反対された時点で家を出て、かえって「世間に早々と負けて」いたかも知れない。

今時の若者は、若者ならではの情熱を、かつての若者ではありえないほど賢く使っている。

彼らにもっとまかせようじゃないか。

Dan the Middle-Aged