著者より献本御礼。

初出2009.06.24; 
原著「借金を返すと儲かるのか?」に対する書評

さすが「国語算数理科しごと」の著者である。「国語算数理科しごと」を小学校の教科書として、そして本書を中学校の教科書とすれば、必要十分な会計リテラシーが、現在の義務教育の範囲内で修まる。文科省はまぢで検討すべきだ。

本書「借金を返すと儲かるのか?」は、前著「国語算数理科しごと」を「理念編」とすれば、「実践編」に相当する。中学生以上であれば、いきなり本書からはじめてもいいだろう。前著ではカバーしきれなかった、減価償却や貸倒引当金といった概念も本書ではきちんと網羅されている。本書をクリアーすれば、社会人としては一人前だと弾言させていただく。

目次 - 借金を返すと儲かるのか? - 岩谷誠治|日本経済新聞出版社
「この本で覚えることは、この図だけである」
   
 
 
 
第1章 会計を学んで本当に儲かるのか
第2章 商売の記録と決算書
第3章 パズルの絵
第4章 虚妄のキャッシュフロー決算書
第5章 普通の人が普通に使う会計
補 章 30分で学ぶ決算書の読み方

「実践編」といっても、基礎が出来ていなくても安心していい。なにしろ著者が言う通り、その図だけ覚えてしまえば、あとはいくらでも応用が効くのだから。実に簡単にして美しい図である。

資産
Asset
負債
Liability
資本
Capital
収入
Income
支出
Outgo

著者は、あえて前書きを解説なしのこの図ではじめている。何を意味しているのか、続きは本書で--というには、あまりに根本的な図だ。E = mc2 や e = -1 に勝るとも劣らないぐらい、美しい図だと思う。ゲーテが感嘆したのもうなずける。

そう。これは貸借対照表(B/S)と損益計算書(P/L)だ。この双方を上下につなげたところに、著者のセンスがある。B/SはB/S、P/LはP/Lで分けてもいいのだし、むしろこの図ではB/SのB/Sたる 資産 = 負債+資本 になっていないのではというつっこみもありえるが、私はこの図の方が好きだ。

なぜなら、繰越金に利益を足したものを資本としてバランスさせた「〆た」会計より、下にP/Lを乗せることでB/Sがバランスするという「活きた」会計をこちらの方がよくあらわしているからだ。

こうすることによって、P/LとB/Sを単独で眺めていてはわからないことも即座にわかるようになる。

たとえば、利益の増やし方。

P/L的には、それには二つしか方法がない。

  1. 収入を増やす
  2. 支出を減らす

しかし、B/Sがあることにより、さらに

  1. 資産を増やす
  2. 負債を減らす
  3. 資本を減らす

という方法もあることがたちどころにわかる。B/S+P/Lはつねにバランスするので、そうすることによって収入が増えざるを得ないからだ。資産を増やすには値上がりする資産を持てばよい。負債を減らすには債務を何らかの形で減免してもらえばよい。そして資本を減らすには、配当してしまえばよい。

ここの部分、ちょっと誤解しやすいので補足すると、「他の項目を増減せずに」という条件がつく。たとえば株や不動産を買っても、その時点では資産の内訳から現金がその分減るので資産額はそのままだ。借金も単純に返済しては、資産も減るのでやはり何も変わっていないことになる。

ということは、「借金を返すと儲かるのか?」の答えはNoということになるのだろうか?是非本書で確認していただきたい。

こうした根源的なことだけではなく、本書には実践的な言葉が実に多くちりばめられている。「利益が変わらない話はニュースにならない」は金言中の金言ではないか。

A4で200ページ弱という薄さもよい。優れたプログラムが実は短いのと同様、優れた道具はかさばらない。著者は会計士になる前はSEだったそうだが、本書にはすぐれたハッカーによるスライドのような勢いがある。会計にとどまらず、プレゼンテーションの例としてもすばらしい。もっともこちらの方の価値は「オフバランス」ではあるが。

もちろん、本書の内容だけでは、さすがに税理士や会計士といったプロにはなれない。しかしプログラミングがプロ2グラマーだけのものではないように、会計はプロのものだけではない。前著で著者が指摘したとおり、約束あるところに会計がある以上、約束を守る必要のある人は、会計を知っておかねばならないのだ。

ご存知のとおり、大変残念ながら現時点において会計は義務教育では教えていない。高校ですら必須科目ではない。これは政府の怠慢(あるいは陰謀)であるが、今からでも遅くはない。本書で自営、いや自衛して欲しい。少なくともローンを組むのは、本書をクリアーしてからにした方がいい。ましてや起業ともなれば。

Dan the Bookkeeper of His Own