早川書房より献本御礼。

力作にして傑作。そしてネットに関わる者にとっての課題図書。今後本書を読まずしてネット論を語るのは、「資本論」を知らずして共産主義を語るのに等しいと弾言せざるを得ない。

ネットを残念な場所にしないためには、何が必要なのか。

バカと暇人のもの」にしないために、何が出来るのか。

本書を読みながら、考えて欲しい。

本書「インターネットが死ぬ日」という邦題は、釣りである。確かに"The Future of the Internet"というおとなしい原題と比べると、釣り過ぎにも思える。しかし本書の本当の主題が、副題である"and How to Stop It"にあることを考えれば、そして原著の見事な表紙を見れば、邦訳が釣り過ぎでないことは一目瞭然である。

目次 - Amazonより
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イントロダクション
パート1 肥沃なネットの興亡
第一章 箱の戦い
第二章 ネットワークの戦い
第三章 サイバーセキュリティと生みだす力のジレンマ
パート2 失速後の世界
第四章 生みだす力のパターン
第五章 ひも付きアプライアンス、サービスとしてのソフトウェア、そして万全なる執行
第六章 ウィキペディアに学ぶ
パート3 対策
第七章 インターネットを死なせない -- 肥沃なインターネットの安定
第八章 肥沃な未来を実現する戦略
第九章 生みだす力のリスクに対応する -- プライバシー2.0
まとめ
謝辞
訳者あとがき

それでは、著者のいうところの「インターネットが死ぬ」とはどういうことだろうか。

「生み出す力」を失う、ということである。

それでは逆に、なぜ「ネットには生み出す力があれほどあったの」だろうか。

「だれのものでもなかった」からだ。

「だれのものでもなかった」がゆえに、そこで何かを生み出す者たちは、誰かに「生んでもいいか」などとお伺いをたてずに、好き勝手にさまざまなものを生み出して来た。良いものも、悪いものも。Webを生み出したのもネットならば、SPAMを生み出したものもネットなのだ。

そうなると、悪いものがどうしても気になるようになってくる。e-Mailのトラフィックの8割がSPAMという現状は、「生み出す力」の負の側面だ。しかし、この段階ではまだインターネットは死んだことにはならない。「ネットはSPAMの重みで自己崩壊する」という主張も確かにあるけど、少なくともそれは著者にとっての「ネットの死」の定義ではないし、私も著者に同意する。

インターネットの本当の死、それは「インターネットのいいところどり」からはじまる。「いいこともわるいことも出来る」、プログラム可能なパソコンではなく、「いいことしか出来ない」ひも付きアプライアンスを使えば、ネットの悪い点は避けられるのではないか。

こうしてケータイやiPhone、XBoxやWiiといった、「消毒済みアプライアンス」が、パソコンのような「無添加ホスト」にとって変わることによって、「生み出す力」もまた失われていく....

というのが、著者の定義する「インターネットの死」である。

「生み出す力」はいいものもわるいものも生み出さずにいられない。しかしひも付きアプライアンスは、生み出す力を犠牲にして安全性を確保している。この矛盾をいったいどう止揚すればいいのか。

ぜひ本書で確認していただきたい。いや、「本書」、すなわち邦訳版でなくともかまわない。原著はCCで無料でダウンロード可能でもある。原著は実に平易かつユーモアにあふれた表現で書かれており、邦訳を読了した人にもお勧めである。

訳本がハヤカワ新書Juiceで刊行されるというのは複雑な心境だ。本書のような「読まずに済ませられない」一冊が安価に入手できるという点では素晴らしいのだが、原著では100ページに及ぶNotesとIndexが割愛されたという点が実に惜しいので。

惜しい点がもう一つ。本書の訳の質だ。低いのではない。高すぎるのだ。原著が「パソコン」なら、本書はどうしても「アプライアンス」という位置づけになってしまう。

404 Blog Not Found:書評 - ウィキノミクス
いや、むしろこなれすぎている。特に固有名詞に関してはそうだ。「ボインボイン」がBoing Boingのことであるというのに気がつくのにしばらく考え込んでしまった。本書はケーススタディーが多いので、どうしても固有名詞の量が多く、そして横書きで見慣れた名詞がカタカナでこれだけ登場すると、さすがに目にさわる。むしろカタカナ化しない方がよかったのではないか。

本書において、この点は若干ではあるが改善が見られる。明らかに検索フィールドに入力されるであろう語句は、本書では英語のままになっている。しかしそうでないものは、やはりカタカナ化が過度になされている。「GNU/リナックス」はないわー。「GNU/リナックス」は。本書でNotesが省かれていることを考えると、このことは「よみやすい」という利点よりも「検索しにくい」という欠点の側面がより大きい。

とはいえ、仮にこの点をクリアーしたとしても、日本語ではどうしても本書のユーモアが伝わりにくいのも確かだ。例えば「肥沃なネットの興亡」の原文は"The Rise and Stall of the Generative Net"。FallではなくStallという語呂合わせを訳出しろというのはちょっと酷な話しである。他にもたとえば"mouse droppings"という素敵な表現が出てくる。「マウスの落とし物」と訳出されているが、しかしそこからは"droppings"に含まれる「糞」、すなわち「本来捨てられるべきもの」から利益を得ているという表現の妙は「消毒」されてしまう。

こういった点も、脚注やエンドノートを駆使すれば克服できなくはない。しかし本書を1470円に収めるためには、それも省略せざるを得ない。難しいところだ。

とにもかくにも、本書は読んでおしまいという本ではない。読んでからどうするかが問われる本だ。まずは読んで欲しい。少なくとも、本書を読まずしてネットを残念がるのはあまりに残念なことだし、「バカと暇人のもの」と決めつけるのは、あまりにバカで暇人的な行為である。

Dan the Generative Blogger