文藝春秋田中様より献本御礼。

いわゆる「ワーキングプアもの」の中で、本書は集大成ともいえる。どれか一冊というのであれば、本書が現時点における第一選択肢となるだろう。「ニッケル・アンド・ダイムド」のBarbara Ehrenreichをして、「これを読まなければ、今アメリカで実際何が起こっているのか知らずに終わることになる」と言わしめるのも当然だ。

本書「大搾取!」は、現在の米国の労働者がどのような扱いを受けているのかを白日の元に晒すと同時に、それに対して何ができるのかを提言した一冊。前者であれば、前述の「ニッケル・アンド・ダイムド」や「貧困大国アメリカ」もすでにあるが、本書の特長は後者にある。

目次 - Amazonのものを大幅追補
はじめに Introduction
第一章 酷使の現実 Worked over and Overworked
分単位で休憩時間を計測、解雇社員にゴミ漁りを奨励、
最低賃金は貧困ラインを下回る...
救われないアメリカの労働者たち
第二章 不満には恐怖で Workplace Hell
安全軽視の工場で次々と事故が起こる。
声をあげた者に待っていたのは、
ひどい罪の濡れ衣だった
第三章 働く意欲が失せていく The Vice Tightens
街の歴史ある工場が大資本の傘下に。
経営は赤字ではないのに押し付けられる人件費削減。
絞って得た利益は吸い上げられるばかり。
第四章 戻ってきた十九世紀 Downright Dickensian
夜間閉鎖の家の中でサービス残業を強要され、
通報者には匿名保護もない。今のアメリカは、
貧しい人に三ドル貸してクビになる社会なのだ。
第五章 消えた会社との約束 The Rise and Fall of the Social Contract
安定雇用が経営の定石だった時代はあった。
だが、株主利益を会社が重視するようになるにつれ、
労働者への報酬はコストとみなされるようになる。
第六章 弱者がさらに弱者を絞る Leaner and Meaner
電子化で、いまや重役達も些事まで把握できる。
労働者の人間らしさを認めていたら、
現場監督のクビはすぐ交換されるのだ。
第七章 派遣 終わりなき踏み車 Here Today, Gone Tomorrow.
必要な時だけ呼び、不要になれば消えてもらう。
経営者が重宝する使い捨て労働者たちには、
保険や年金どころか誇りすら与えられない。
第八章 低賃金の殿堂ウォルマート Wal-Mart: the Low-Wage Colossus
万引き犯を捕まえた熱血警備員。
その負傷で得た報酬は、医療費逃れの懲罰解雇。
小さなスーパーはいかにして小売業世界一となったか
第九章 王道はある Taking the High Road
誰もが世界的市場を口にする。
手厚く労働者を遇していたら生き残れぬと--。
だが搾取経営に逆らって成功した事例はこんなにもある。
第十章 瀕死の労働組合 The State of the Unions
労働者にとって必要なのは、労働組合なのだ。
しかしアメリカの労働組合は腐敗しきっており、
組織率は一割にも満たない。蘇る道はあるのか?
第十一章 はいあがれない Starting out Means a Steeper Climb
金持の子は大学院でMBAをとって初任給十六万ドルも夢ではないが、
貧乏人の子には大学は学費値上げでどんどん遠ざかっている。
第十二章 夢のない老後 Not-So-Golden Years
企業年金は資金不足で反古にされ、
頼みの401kプランは欠点だらけ。
年金で充実した晩年をおくるなど、夢のまた夢だ。
第十三章 すべての船を押し上げる Lifting All Boats
グローバリゼーションで世界はフラット化した。
ならば、世界中の労働者の非人間的な搾取に
ノーを突きつけるべきなのだ。
編集部註
訳者あとがき
解説 日米大搾取のパラレル 湯浅誠

目次を見るだけで、かの国の労働者が今日おかれている状況がいやがおうでも伝わってくるが、本文はさらにすさまじい。一カ所だけ紹介しよう。

P. 31
ノースウェスト航空は解雇した社員に『節約術101』なる冊子を配った。冊子の内容は、経済的打撃を被った元社員にさらに追い打ちをかけるような侮辱的なものだった。「大事なデートにはドレスを借りましょう」「アクセサリーはオークションか質屋で買いましょう」などという節約アドバイスがあり、挙げ句の果てには「気に入った物があったら勇気を出してごみ箱から拾いましょうというものまであった。

本当の話しである。

101 Dumbest Moments in Business - And don't forget, you only need one kidney... (2) - Business 2.0
In July, bankrupt Northwest Airlines begins laying off thousands of ground workers, but not before issuing some of them a handy guide, "101 Ways to Save Money."
The advice includes dumpster diving ("Don't be shy about pulling something you like out of the trash"), making your own baby food, shredding old newspapers for use as cat litter, and taking walks in the woods as a low-cost dating alternative.

なぜ、ここまでひどいことになったのか。

「資本家が労働者を再び搾取するようになったからだ」というのは確かに事実であり原因でもあるが、真因ではない。現代の搾取者たちは、自ら鞭をふるって強制労働させているわけではない。実際本書には「搾取の首魁」が何人か登場するが、彼らは気さくで温情的な紳士にしか見えず、残酷な奴隷商人の姿を見いだすことは難しい。実際に鞭をふるう者たちは確かにいるが、実は彼らすら奴隷であるという冷酷が現実がそこにある。

それでは、なぜ資本家は労働者を再び搾取できるようになったのか。

労働者たちが、それを許してしまった--それどころかそれを望んだ--からだ。

職場では労働者である彼らも、一歩職場を離れれば消費者であり、そして401kを通して彼らは資本家としてもふるまうこととなった。彼らは消費者として企業に圧力をかけ、そして資本家達は株主として企業に圧力をかけてきた。Wal-Martの勃興は、資本家による搾取だけでは説明がつかない。

その結果、どうなったのか。

フルタイムで働いても、貧困ラインを切ってしまう職場が出来上がったのだ。

この四半世紀は、消費者、労働者、そして株主というステークホルダーのうち、両端にいる消費者と株主が最も潤った時代だった。中抜きにされら労働者たちはたまらないはずだが、しかし前述のとおり彼らもまた消費者かつ株主であり、それが問題の発見を遅くした。今日の状況は、「Wal-Martで働くのはごめんだが、買うならWal-Mart」を続けてきた結果でもあるのだ。

それでは、スーパーマーケットが全てWal-Martに化けるまで、この動きは止まらないのだろうか。

否、と著者は答える。

その答えの一つが、コストコ(costco)にある。

404 Blog Not Found:Choose or Lose - 書評 - WAL-MART エグい会社に知恵で勝つ!
向うところ敵なしに見えるWAL-MARTだが、それでもしっかり勝っている連中はたくさんいる。Appleは先日 iTunes Store で音楽小売でWAL-MARTを抜いたばかりだし、CostcoはWAL-MARTのSam's Clubにトップの座を譲り渡す気配すら見えない。

同書にも登場するcostcoは、本書では第九章に登場する。その前の第八章でWal-Martの[これはひどい]ぶりもあって、両者の差は「これが同じ小売業か」というぐらい違うが、最も違うのはCEOの給与。Wal-Martのそれが約3000万ドルなのに対し、costcoのそれは35万ドル。桁が二つ違うのだ。社員の給与は倍、CEOの給与は1/100。どちらが労働者にとってうれしいかは言うまでもないが、それ以上に大きいのは、costcoは消費者も満足させていること。消費者を満足させつつ、労働者も満足させることが決して不可能でないことを同社は示している。

こういうのも何だが、結局のところ、労働問題の解決の鍵を握っているのは、資本家ではなく労働者達自身ではなかろうか。数から行けば資本家などごくわずかだが、ごくわずかだけあって彼らは上手に労働者どおしの隙間に上手に入り込んできた。彼らに対する非難の声は、ごく最近まで実に小さかったのも、労働者たちが「同士討ち」に忙しかったからと言わざるを得ない。「中国人やインド人が悪い」という声は、「資本家が悪い」という声よりずっと大きかったし、今でもそういう声は小さくない。

「資本家が搾取しているから、労働者が貧乏になった」、これは、事実である。

しかしその時「搾取している資本家が悪い」というのでは、クメール・ルージュと同じであり、たどる運命もまた同じになるだろう。

「搾取を許して来た労働者自身が悪かった」という考えに至って、はじめて事態は好転する。そのためには、まず自分たちのおかれた状況をきちんと知らなければならない。だからこそ、本書は対岸の火事ではなく、21世紀の万国の労働者必読の赤本なのである。

Dan the Boss of His Own