「人もまた沈黙せず」を読んですぐ入手して、あまりにすごいのですぐには書評できず、[文庫版が出たら書評]の脳内タグを貼っておいたのに、3月に出ていたとはorz。
現時点における、マイベストフィクション。
本書を読まずして、もはや物語は論じ得ない。
本作「アイの物語」は、物語であると同時に物語論であり、そして物語の物語であると同時に、虚数単位iの物語であり、一人称単数Iの物語であり、そして愛の物語である。
目次- プロローグ (level 0)
- インターミッション 1 (level 0)
- 第1話 宇宙をぼくの手に (level 2)
- インターミッション 2 (level 0)
- 第2話 ときめきの仮想空間 (level 2)
- インターミッション 3 (level 0)
- 第3話 ミラーガール (level 2)
- インターミッション 4
- 第4話 ブラックホール・ダイバー (level 0)
- インターミッション 5
- 第5話 正義が正義である世界 (level 2)
- インターミッション 6 (level 0)
- 第6話 詩音が来た日
- インターミッション 7 (level 0)
- 第7話 アイの物語
- インターミッション 8 (level 0,1,2)
- エピローグ (level 0)
フィクションを紹介する際にはたいてい目次をつけない私だが、本作にはつけなければならない。本作は個々の作品として独立した12の短編がまとまって一つの長編となる、星新一の「声の網」と同様の構成になっているが、「声の網」が「同レベル」の物語の連作であるのに対し、本作のそれは「物語内物語」という形で、レベルが変動するところが違う。この「物語内物語」という体裁には「千夜一夜物語」という古典的傑作があり、それゆえ本作も「機械とヒトの千夜一夜物語」と紹介されるが、その目的は異なる。
千夜一夜物語の語り部、シェラザードは、自らを救う為に物語を語るが、本作の主人公アイは、人類を救うために物語を語るのだ。
「物語」とは、一体なんなのか。
なぜ我々は物語を語り、そして耳を傾けずにはいられないのか。
そして物語そのものが語り出したとき、我々はその物語を一体どうすればいいのか。
著者は全身全霊で、その問いに答えている。
実はこの命題は、前作「神は沈黙する」の主題でもあり、おそらく著者はこの問いに対して一生かけて答え続けていくのだろう。どちらも傑作であり、どちらも読むに値する。しかし、本作の方が圧倒的に読みやすい。前作と本作の一番の違い、それは読みやすさだ。
前作では、読者はいきなり物語「に」突き落とされる。レベル0、すなわち現実世界の登場人物だったと思っていた我々は単なるシミュレーションにすぎない、レベル1の住人だったというのが同作の出発点だった。これが同作を傑作にしていた一方、まだ「メタフィクション」慣れしていない読者にはかなりとっつきにくいものにしていた。
本書は、違う。これだけ難い主題と、これだけ多くの要素を詰め込みながら、ジュブナイルとして読めるほど平易なのだ。「メタ」でありながら「賢しくない」のである。そして本作はSFの最重要ジャンルの一つである「人類の次」を扱っているのに関わらず、「人類の今」をきちんと描いている点において、フィクションが苦手な、そう、ビジネス書しか読まない人々にも自信を持って薦められる。 「詩音が来た日」に登場する近未来の日本の描写は、堺屋太一など話しにならないぐらいリアル。そう、「リアルよりもリアル」。「真実よりも正しい」。
物語は、「たかが」物語なんかじゃない。
それが、本作の叫びである。
物語というものにとって、最も重要な主題を、変にひねらず正面から正々堂々と扱い、にも関わらず物語慣れしていない人にも楽に読める。Straightforward and Simple なこの話しが最高の物語でなければ、何をもって「最高」と言えばいいのか。
しかし、この単純にして平易であることは、「SF界」では美徳でないようなのである。それを改めて思い知らせてくれたのが「SF本の雑誌」。献本いただいたにも関わらず恐縮だがそこでの「SFオールタイムベスト100」は、私がみたベストnリストの中で最低のリストだった。本作が文庫化されたことは、本書で知ったのだが、本書はベスト100には選ばれていない。その代わり入っていたのは「神は沈黙する」だった。どう見ても、「同じ作家なら難解な方を入れておけ」という魂胆が見え見えだ。ちなみにベスト1は「万物理論」。そりゃEaganがはいっていないベスト100どころかベスト10はないだろうけど、しかしこれを一位にするってのはどうよ。
これじゃSFは死んだって言われるのも無理はない。「こんな難解な話しでもオレはわかるんだ」合戦だもの。唐辛子の量で決まる料理ベストとどこがちがうんだ?それでいて、「理系的に平易だが文系的に難解」なハードSFが明らかに割を食っている。「竜の卵」や「マッカンドルー航宙記」が入ってないってどんだけだよ。
不幸中の幸いというか、同書の「SFサブジャンル・こだわりベストテン」や「書店員POP 私たちSFの味方です!」はかなり素直で救われた思いがしたのだけど、読みやすさ、わかりやすさをもっと素直に評価しないと、まじ死ぬよ?
別に、わかりやすさのためにあれこれ犠牲にしろって言ってるんじゃない。「あたし、アンドロイド。」を書けとか言ってるんじゃない。もっと素直な作品を評価しろよ。いいものはいいんだよ。サルにでもわかってしまおうが。
つい憤ってしまった。しかし、平易な作品を下に見るというのは、まさに「たかが」物語扱いする姿勢なのだ。本作を「アイ」しているものであれば、憤らずにいられないだろう。物語は、わかってなんぼなのではない。語られてなんぼなのだ。
物語が苦手な人も、物語にもう疲れた人も、あらためて本書で物語の力というものを知って欲しい。
「真実よりも正しい」ものが、そこにあるのだから。
Dan the Prisoner of the Real Axis
ぼくは男ですが女性も読んで同じような感じを受けるのでしょうか?