文藝春秋下山様より献本御礼。

ザ・コールデスト・ウィンター
朝鮮戦争(上下)
David Halberstam/ 山田侑平 / 山田耕介訳
[原著:The Coldest Winter:America and the Korean War]
"The Last Book by the Greatest Journalist of America" は、帯にあるとおり「最後にして最高」であった。この「忘れられた戦争」を、「アメリカが生んだ最も偉大なジャーナリスト」が人生の最後にまとめてくれたのは、最高の遺産と言ってさしつかえない。
だからこそ、気になる。
そこに書かれていないこと、が。
本書「ザ・コールデスト・ウィンター」は、著者の遺作にして、著者自身も認める最高傑作。その対象が朝鮮戦争という、「忘れられた戦争」、いや「誰も思い出したくない戦争」であったというのは必然なのかもしれない。
目次
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朝鮮戦争というのは、捕らぬ狸の皮算用がもののみごとに破綻した戦争とも言える。金日成の皮算用。スターリンの皮算用。毛沢東の皮算用。トルーマンの皮算用。そしてマッカーサーの皮算用。特にマッカーサーの老害ぶりを指弾する筆致には、著者のファンにはたまらないあの静かなる迫力が存分に味わえる。
それだけでも歴史ものとしては充分であるが、しかし著者は本書で「歴史家化」したとはいえ、ジャーナリストである。本書の真骨頂は、こうした皮算用のために「最寒の冬」に送られて死んで行った、そして生き残った兵士達の様の描写にある。本書が基本的には時系列に書かれながら、第一部が中国軍参戦であるのは実に自然な構成だ。
鳥瞰的視点からも、虫瞰的視点からも、これほどの近代史レポートは滅多にない。ましてや、それが「朝鮮戦争」という不人気なイベントともなればなおさらだ。
それだけに、気になってしょうがないのである。
朝鮮人たちの、不在が。
もちろんゼロではない。たとえば李承晩は、たとえ朝鮮人--ここでは現代の韓国人をも含めた、"Korean"nの意味でこの言葉を用いる--をスルーすることに決めても本書からは省きようがなく、実際にきちんと書かれている。もちろん金日成は、戦争の引き金を引いた本人として登場している。しかし本書に出てくるのは、あくまで「外国軍」の兵士であって、「人民軍」こと北朝鮮軍は仁川上陸とともに中国軍に取って代わられ、そして韓国軍は終止ほとんど登場しない。そして、一般民衆は全く、そう、全く登場しないのだ。
たとえば、本書にはソウルが北に占領され、それを国連軍が奪回したのち再占領され、さらに再び奪回することは史実通りに登場するし、漢江の橋を爆破するエピソードがきちんと登場する。
P. 126人民軍は攻撃開始から二日目の六月二七日、三十八度線の南およそ百キロの韓国の首都ソウルを奪った。退却する韓国軍兵士は漢江にかかる橋を爆破する時間を辛うじて確保、しばし息をつく余地を得る。
しかしその時に、橋の上が避難民がごったがえしで、彼らが犠牲になったことは書かれていない。
海外発 けん爺ちゃんの徒然見聞録 19740714張作戦局長が切羽詰ったその時、 漢江に架かる橋は数百名の将兵、数十両の車両、混雑する避難民もろとも 大音響と共に爆破された。
本書の最終部を読めば、著者が朝鮮人を見下しているわけではないのはわかる。著者は韓国の経済発展と民主化を高く評価している。著者が最終部の口絵に選んだのは、あまりに有名なこの衛星写真。
解説1 歴史における人間の力を信じた男 - ラッセル・ベーカー人々に話をさせる。これはかれの著作歴の特異な手法に決定的に重要な要素だった。個々の人間を歴史の代理人と信じていたからだ。ハルバースタムは、人間は歴史の潮流に翻弄されるのみとするトルストイ的世界観に興味はなかった。
大国に翻弄されつつも、これだけのことを成し遂げたことを、著者は書き落としていない。
にも関わらず、朝鮮人にはほとんど話をさせていないのだ。北朝鮮はとにかく、韓国人にさえ。
あえて話を聞かなかったのだろうか。それとも聞けなかったのだろうか。
私は後者の説をとる。本書の原著タイトルは"TheColdest Winter America and the Korean War"。「アメリカと朝鮮戦争」である。あくまで本書は、米国人ジャーナリストの、米国人ジャーナリストによる、米国人にとっての朝鮮戦争レポートなのである。だから私は本書における朝鮮人の不在を、むしろ著者の誠意と受け取っている。朝鮮人の、朝鮮人による、朝鮮人のための朝鮮戦争レポートは、朝鮮人によってなされるべきなのだから。
それが書けるようになる日は来るのだろうか。実は朝鮮戦争はまだ公式には終わっていない。あくまで休戦状態にあるだけだ。米中の国交が再開しても、冷戦が終わっても、そして中国が日本を凌駕する大国となった今も、まだ終わっていないのだ。リッジウェイと彭徳懐も、さすがにここまでは想定していなかっただろう。
いつか、読んでみたい。
Dan the Neighbor of the Peninsula
朝鮮戦争を題材にした本ではないけれど、キム・ワンソプ先生の「親日派のための弁明」も、ある意味で、朝鮮戦争の傷跡から咲いた花のような作品だと思っています。
日本人は、小室直樹先生が韓国三部作である「韓国の悲劇」、「韓国の崩壊」、「韓国の呪い」を著作しました。朝鮮戦争論ではないけれど、どれも朝鮮戦争に言及した著作であると思っています。
アメリカ人のあとは、ロシア人ジャーナリストにも朝鮮戦争を総括してもらいたいものだと思います。