これを書評しそびれていたことを思い出した。

これ、間違いなく、一般書専門書を問わず、ブラックホールについて書かれた書籍の中で最も包括的な一冊。満漢全席、まさにブラックホール三昧。

ブラックホールで核攻撃!? 天才物理学博士、緊急逮捕で衝撃自白中 : Gizmodo Japan(ギズモード・ジャパン), ガジェット情報満載ブログ
もしや人工ブラックホールなんて作り出し、異次元の発見なんてできちゃったら、トンでもない手段で悪用されちゃったりとかしませんかね...

安心していい。本書を読めば、そういうブラックホールが仮に出来たとしても、悪用できるような代物でないことがすぐにわかるから。

本書「カラー図解でわかるブラックホール宇宙」は、ブラックホールとは何であり、どんな風に出来、そしてそれによって何が起こるかを、文字だけではなく図で示した一冊。

目次 - Si新書『カラー図解でわかるブラックホール宇宙 なんでも底なしに吸い込むのは本当か? 死んだ天体というのは事実か?』概要 (サイエンス・アイWeb)より
第1章 ブラックホールの非常識
1 ブラックホールは怖いのか
2 ブラックホールは複雑なのか
3 ブラックホールはめずらしいのか
4 ブラックホールは死んだ天体か
5 ブラックホールは見えないのか
6 ブラックホールはなんでも吸い込むのか
7 ブラックホールは永遠か
8 ブラックホールはホワイトホールと違うのか
9 ブラックホールは誰が考えたのか
10 ブラックホールは誰が命名したのか
第2章 時空篇:光速現象とスターボウ
1 特殊相対論の2つの柱
2 自分と他人を区別する
3 亜光速運動する光時計
4 長生きするミューオン
5 物体の長さが縮む
6 ミューオンになってみる
7 4次元時空を表現する
8 亜空間タイムマシン
9 ボン・ボヤージュ
10 運動する光源からの光は赤くなる
11 特異天体SS433のケース
12 運動する光源からの光は方向も変わる
13 りゅう座γのケース
14 亜光速宇宙船から眺めた星界
15 運動物体の不思議な見え方
第3章 重力篇:光線の曲がりとブラックホール時空
1 一般相対論の2つの柱
2 質量とはなにか
3 重力場中で走り続ける赤の女王
4 一般相対論が可能にしたカーナビ
5 ブラックホール時空の幾何学
6 ブラックホール時空を表現する
7 物質と時空を統一した一般相対論
8 重力場タイムマシン
9 ブラックエクスプローラー
10 重力場からの光は赤くなる
11 コンパクト星のケース
12 エレベータの思考実験
13 太陽のケース
14 双子クェーサーのケース
15 光は自分の道筋をどうして知るのか
第4章 黒洞篇:ブラックホールとワームホール
1 ブラックホールの思想
2 ブラックホールの領域
3 ブラックホールの種類
4 ブラックホールには毛が3本
5 裸はダメよ
6 ブラックホールの大小
7 ハイパーノヴァでできる
8 食材ガスの供給が問題
9 時空は大激震する
10 合体で表面積は増加する
11 表面積はブラックホールのエントロピー
12 表面重力はブラックホールの温度
13 ブラックホールは地球を食い尽くすか
14 ブラックホール渦動時空
15 カー・ブラックホールの構造
16 渦動時空のエネルギーを取りだす
17 ブラックホール近傍での光の波面
18 光円錐が傾いてしまう
19 ブラックホール時空を表すダイアグラム
20 無限時空を表すダイアグラム
21 ブラックホールとホワイトホールの違い
22 ブラックホールとワームホールの違い
23 ペンローズ図で時空をつなげる
24 ワープアウトは球面から
25 ワームホールタイムマシン
第5章 宇宙篇:ブラックホールシャドーとブラックホールジェット
1 謎のエネルギー源
2 宇宙プラズマガン
3 見えてきたブラックホール=降着円盤システム
4 ガスの運動からブラックホールの体重を測る
5 星の運動からブラックホールの体重を測る
6 はくちょう座に潜むモンスター
7 宇宙のコルク抜き
8 ブラックホールジェット天体
9 宇宙の彼方の謎の大爆発
10 ブラックホールをのみ込んだ星
11 虚空をさまようブラックホール
12 ブラックホール時空の光線
13 無限遠から見た“大きさ”
14 近くから見た“大きさ”
15 ブラックホール近傍から眺めた星界
16 自由落下観測者の見る“大きさ”
17 自由落下観測者の眺めた星界
18 ブラックホールシルエット
19 カーシルエット
20 ブラックホールベール
21 ブラックホールシャドー
22 ブラックホールオカルト
23 ブラックホールウインド
24 ブラックホールウィンドの“表面”
25 ブラックホールウィンドの見た目
第6章 未来篇:ブラックホールエンジン
1 ブラックホールテクノロジー
2 ブラックホールパワー
3 ブラックホールウェポン
4 ブラックホールエンジン
5 ブラックホールシティ

サイエンス・アイ新書というと、競合するブルーバックスなどと比べて、図が多く、それだけ平易な代わりに「やさしくしすぎ」という印象もある。

しかし、本書はその点は無遠慮。なにしろクルスカル図やペンローズ図まで遠慮なく出てくるのだ。他に出てくる本となると、「現代天文学小事典」ぐらいだろうか。こちらは一般書としては最も難しい部類に入る。下手な専門書よりも難しい。余談ではあるが、そろそろ改訂して欲しい頃だ。「現代物理学小事典」「新・物理学事典 」として改訂されたのだし。

本題に戻る。だからといって本書は数式が理解できないと読めない本では決してない。本書の主役は、数式ではなく図。特に素晴らしいのは、最も単純なシュヴァルツシルド・ブラックホールだけではなく、回転しているカー・ブラックホールの近傍で何が起きるかも図で示していること。時空のひきずり効果を言葉ではなく図にしたものとなると、本書が始めてではないか。

その他、スター・ボウが実際にどう見えるかや重力レンズ効果が実際どうなっているかなど、本書はブラックホールを「一目見て納得」するための本である。著者は実際そのためにプログラムを書き(VBというところがプロの天体物理学者にしてアマチュアプログラマーといったおもむきで微笑ましい)、計算でブラックホールを再現している。どの図にも一見の価値がある。

もちろん、図だけではなく文章も素晴らしい。例えばgizmodeの記事のような疑問に対して、本書は明快な解答を与えている。

P. 136
ブラックホールがどれくらいの物質を吸い込むことができるかについては、「ホイル=リットルトン降着(Hoyle-Lyttleton accretion)」と呼ばれるプロセスで見積もることができる(図13-2)。たとえば10億トンの質量をもったブラックホールが地球脱出速度程度の10km/sで地球内部を運動したとすると、ブラックホールの経路にそって半径1万分の1cmの領域の物質を吸い込むだろう。毎秒0.3gぐらいになる。この割合でブラックホールが成長すると、2倍になるのに約一億年もかかる。

ましてや、LHCで出来うるブラックホールはもっと小さくて、ホーキング輻射で一瞬にして蒸発してしまうのがおちだ。え?ホーキング輻射って何?本書で確認してください。

ブラックホール茶漬けを食べてもおなかいっぱいになれるほどの知的満腹が味わえます。

Dan the Black Hole of Knowledge