ディスカヴァーより献本御礼。

今年もあと余すところ一週間。仕事納めは28日のところが多いようだが、一日だけ出社するならいっそと事実上今日が今年の最終勤務日という人も少なくないのではないだろうか。ちなみに我が娘たちは本日が終業式。

そして来年始業式を迎える前に、必ず読んでおいて欲しいのが本書だ。来年、いや次の10年こそは「新たなルール」から逃れようのない(1|10)年になるのだから。

本書「ずるい!?なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか」は、ルールとは何のためにあるのかを説いた一冊。

目次 - Discover: ショッピングカートより
目次
第1章 なぜ私たちはルール変更を「ずるい」と思うのか?
(1)欧米列強はずるい!
(2)私たちはなぜ「ずるい!」と感じるのか?
(3)日本人が?ルールの利用?を好まない3つの理由
第2章 実際に「ずるい」を味わってみる
(1)スポーツでの「ずるい」を味わってみる
(2)ビジネスでの「ずるい」を味わってみる
(3)ルールを理解するための3つの視点
第3章 ルールを変えれば本当に勝てるのか?
(1)ルール変更の?その後?を検証する=スポーツ編=
(2)ルール変更の?その後?を検証する=国際ビジネス編=
(3)ルール変更の結果についての3つの結論
第4章 ルールがあってこそ成長する
(1)ルールこそ成長の糧である
(2)ルールは成長の糧になる
第5章 ルール作りのプリンシプル
(1)ルール作りはお上だけの仕事ではない
(2)ルール作り参画のプリンシプル
(3)ルール作り参画の2つのキーワード
(4)製品を作るようにルールを作る
あとがき

それでは、ルールとは、何のために存在するのか。

ゲームを続けるために、存在するのである。

それが私が立命館大学で行った講義

の結論でもあり、本書の結論でもある。

なぜ、欧米人は平気でルールを変えるのでしょうか?
これからも日本人は理不尽をガマンしなければならないのでしょうか?

違うのである。そのままでは勝負の前から勝敗の決まっている出来ゲームのルールを変えることこそフェアであり、理不尽を「ルール」だからとガマンすることこそ理不尽なのだ。

本書では、具体的事例をつぶさにみていくことによって、あのときのこのルール変更は何のためで、その結果どうなったかを検証していく。それを見れば、ルールを作る、そして変えるというゲームにおいて、欧米人たちが必ずしもその理念にのっとってやっているわけでは決してないことがわかる。そして面白いことに、本当に「ずるい」ルール変更は、短期的にその変更者を利しても長期的にはそうでないことが確かにわかる。そのもっとも鮮やかな例は、「日米自動車戦争」だろう。たびたびのビッグ3に有利なルール変更も、彼らを救うことは決して出来なかった。それどころかそのルールにあぐらをかいた彼らは、まさにそのことによって自らの寿命を縮めたのだ。

その一方、適切なルール変更は、観客と選手の数を確実に増やす。その最も顕著な例がサッカーだろう。世界で最も多くの人が楽しむこのゲームを考案した、いや正確には世界各地でそれぞれ独自勝手なゲームとして遊ばれていたこれを「サッカー」というゲームにまとめなおしたイングランドは、今や数ある「列強」の一つにすぎない。そうなったからこそサッカーは英国人のゲームではなく人類のゲームとなった。もしイングランドが自分に有利なルールばかり提案していたらどうなっていただろうか?

ゲームがつまらかったら、ルールを変えるか、ゲームそのものをやめるかどちらかだ。

無理に続ける必要など、ないのである。

日本に限らず、世界中のムリ・ムダ・ムラは、「続ける」ことをそのものをゲームにしてはいないか?

金融日記:政治さえまともになれば日本は圧倒的にアジアで独り勝ちできる
これからの世界の成長センターはアジアなので、そこの先頭ということは、また世界でもっとも豊かな国になれるということです。

だからだめなんだよ。独り勝ちなんて言っているから。

独り勝ちになるゲームほどつまらないゲームはないじゃないか。

かつて今の米国以上に「独り勝ち」していた英国は、今や一人当たりGDPでその元植民地に軒並み抜かれつつある。それでいいのだし、それを認めたからこそ英国の今がある。大英帝国時代より、英国は今の方がずっと魅力的なプレイヤーではないか。

今後10年で最重要なのは、一等賞になることではない。

一番面白いゲームのルールを描くことなのだ。

働かざるもの、飢えるべからずというのは、つまるところそういうことなのだ。

Fair enough?

Dan the Player of the Game