双方とも編集部より献本御礼。

こうして二つ並べてみると、実に面白い。

行動経済学」の方が古典的なたたずまいで、「経済は損得で理解しろ!」の方が行動経済学の応用の、しかもどぎつい例になっているのだから。

だからこそ首をかしげざるを得ない。

なぜ飯田は今なお「古典的な」「マクロ」「経済学」の枠組みに留まっているのかが。守はこれくらいにして、そろそろ破、そして離を見せるべきときではないのか。

行動経済学」は、「遅れて来た正当派」。すでに同名の光文社新書があり、また一般向けの行動経済学の本もこれだけ充実し、「予想どおりに不合理」や「経済は感情で動く」をはじめとする一般向けの行動経済学本が巷にこれほど溢れているにも関わらず、あえてこの書名を選んだところに著者と編集者の静かな自身が伺える。

目次
第1章 行動経済学とはなにか
第2章 時間上の選択
第3章 不確実性下の選択
第4章 アディクション
第5章 ゲーム理論と利他性
第6章 行動経済学の挑戦

その自信を裏打ちしているのは、オビにも示された著者と編者の自負である。

経済学の"王道"にして最先端

本書と類書の違いは、何といっても時間軸だ。今までの行動経済学本では、ホモ・エコノミクスをスケープゴートにするや否や血祭りに挙げるが、本書では経済学はおろか、学問そのものまでに遡って、経済学が「どう行動」していたかを歴史を追って紹介する。特に時間そのものを扱った第2章は圧巻で、アウレリアス・アウグスティヌスの『告白』にはじまってニュートンに続くこの章だけでも本書をひもとく価値がある。著者らの自信と自負は報われたと言ってよいだろう。岩波新書もそうだが、こういう老舗が普通の名を付けた本は、まず外れがない。

ところで、経済学とは何だろうか。

economics - New Oxford American Dictionary (on OS X)
the branch of knowledge concerned with the production, consumption, and transfer of wealth.
けいざい‐がく【経済学】 - 大辞泉
社会科学の一分野で、経済現象を研究する学問。理論経済学•経済史学•経済政策などの部門がある。
けい‐ざい【経済】
人間の生活に必要な財貨•サービスを生産•分配•消費する活動。また、それらを通じて形成される社会関係。

英語の方が少しわかりやすいが、どちらも富の生産と消費、そして分配に関して学ぶことと言ってよいだろう。

ところが、「世界一シンプルな経済入門 経済は損得で理解しろ!」における経済の定義は、こうだ。

P. 12
経済学=稀少な対象について考える学問

私はここでいささか驚いてしまった。確かに日本語版Wikipediaには

経済学 - Wikipedia
経済学(けいざいがく)とは、この世において有限な資源から、いかに価値を生産し分配していくかを研究する学問のことである。

とあるが、英語版では

Economics - Wikipedia, the free encyclopedia
Economics is the social science that studies the production, distribution, and consumption of goods and services.

であり、稀少だとか有限だとかという言葉は一言も登場しない。

さらに飯田は、ミクロ経済学とマクロ経済学をこう定義する。

P. 81
オープンシステム:システムの内と外がはっきりしている
クローズドシステム:システム内の影響を、外に出すことができない

そしてオープンシステムを扱うのがミクロ経済学、クローズドシステムを扱うのがマクロ経済学というのだ。感嘆すると同時に、それでは我々は太陽系単位でないとマクロ経済学を扱えなくなるではないか、一国単位では小さすぎてマクロ経済学は適用できないのではないかと思わざるを得なかった。

実際、国というシステムも年を追うごとにオープン化している。フルオープンではないけれど、それでも私が米国の学生だった頃に比べればずっとオープンだ。「内と外があいまいになったではないか」という意味ではオープンではないけれど、システム内の影響を外だしできるという点では確実にオープンだ。そうでなかったら日本で検索エンジンは使えない。ネットのおかげで日本の法の制約による影響を外出しできたからこそ、我々はネットの恩恵を受けている。

話が「外に出て」しまったが、飯田の定義にそって読めば、本書はたしかにまっとうなマクロ経済の入門書となっている。20世紀であれば、これで通用したであろう。

問題は、日本どころか米国でさえ(飯田の定義する)マクロ経済学では扱うにはあまりにミクロになってしまったこと、そしてもはや希少な対象だけに限定しては経済現象がまるで見えなくなってしまったことにある。

そもそも、本書そのものが、「稀少な対象」ではない。本書に出てくる知識に一切の希少性はない。それでも本書は出版され、1365円で販売されている。この大きさの本としては安いが、「知識」そのものに1,365円の価値はあるかといえば、ないだろう。

それでもこの本を買う人は少なからずいるだろう。私も買って損はないと推しておく。だとしたら読者がこれから本書に投じる1,365円分の希少性とは一体なんなのだろうか。それは「"王道"にして最先端」の経済学であれば難なく説明できるけれども、「マクロ経済学」ではおよそ説明がつかないのだ。

上梓された時期は逆だが、よって読む順番は「経済は損得で理解しろ!」、次に「行動経済学」ということになる。確かに現実の経済は古典的マクロ経済学だけではまるでわからないが、いきなり量子論や相対論を学ぶより、ニュートン力学から入った方がずっと学びやすいのは確かだ。

Dan the Economic Animal