中公新書編集部より献本御礼。

レーベルにふさわしい、地味ながら滋味豊かな名著。大塚砂織の挿絵もまたすばらしい。拙著「弾言」「決弾」もそのおかげでどれだけ価値が上がったか計り知れない。

本書で日本人の競争嫌い--実は協調嫌いの裏返し--が少しでもよくなればよいのだが。

本書「競争と公平感」の副題は「市場経済の本当のメリット」。本当のメリットとはなにか。社会が豊かになることである。それでは社会が豊かになるとはどういうことか。これが一言でまとまらない。まとまらないから本が一冊必要になる。そのまとめとして、本書は現時点で手に入る最良の一冊といっても過言ではないだろう。

目次 競争と公平感: 大竹文雄のブログより
プロローグ 人生と競争
I 競争嫌いの日本人
1 市場経済にも国の役割にも期待しない?
2 勤勉さよりも運やコネ?
3 男と女、競争好きはどちら?
コラム1 薬指が長いと証券トレーダーに向いている?
4 男の非正規
5 政策の効果を知る方法
6 市場経済のメリットは何か?
II 公平だと感じるのはどんな時ですか?
1 「小さく産んで大きく育てる」は間違い?
2 脳の仕組みと経済格差
3 20分食べるのを我慢できたらもう一個
4 夏休みの宿題はもうすませた?
コラム2 わかっているけど、やめられない
5 天国や地獄を信じる人が多いと経済は成長する?
6 格差を気にする国民と気にしない国民
7 何をもって「貧困」とするか?
8 「モノよりお金」が不況の原因
9 有権者が高齢化すると困ること
III 働きやすさを考える
1 正社員と非正規社員
2 増えた祝日の功罪
3 長時間労働の何が問題か?
コラム3 看護師の賃金と患者の死亡率
4 最低賃金引き上げは所得格差を縮小するか?
5 外国人労働者受け入れは日本人労働者の賃金を引き下げるか?
6 目立つ税金と目立たない税金
エピローグ 経済学って役に立つの?
競争とルール あとがきにかえて

それではなぜ本書が必要なのか。次の図が明らかにしてくれる。

fig1-1 P. 7
大陸ヨーロッパ諸国とロシアは比較的市場に対する信頼が低い国だ。しかし、日本はその大陸ヨーロッパ諸国や旧社会主義国である中国やロシアよりも市場のメリットを信頼しない国なのである。

第一部のタイトルともなっている「競争嫌いの日本人」の証拠がこれであるが、「社会主義国よりも社会主義的」という揶揄がまた聞こえてきそうであるが、ちょっと待っていただきたい。次の図が、それをあっさり否定してくれる。


fig1-2

日本人は市場も信用していないが、国による再配分も信用していないのである。

P. 8
日本人は自由な市場経済のもとで豊かになったとしても格差がつくことを嫌い、そもそも市場で格差がつかないよいうにすることが大事だと考えているようだ。たしかに市場によって格差が発生しなければ、国が貧困者を助ける必要もない。

どうしてそうなったのか。著者の答えは本書にゆずるが、一つ気になったのは国民と政府の信頼関係--の欠如に関して本書があまり触れていない事。漁業のオリンピック方式のように個々の政策に関しては経済学の見地から述べられているのに、問題の根である「政府に対する国民の他人行儀」が触れられていないのは残念というよりも、本書の元となった研究に政府の資金(基盤研究B[18330049]、戦略的萌芽研究[20653014])が投じられているからだろうか。

バブル崩壊までは「経済一流、政治三流」と揶揄されていたのが日本の政治と経済の関係だが、なぜ政治が三流かといえば、経済が自分ごとだったのに対し政治が他人事だったからではないのだろうか。政治というのはあくまで「お上」のやることで、自ら選んだ自分たちの代表のやることだという意識が日本人には見られない。選挙は気に入った政治家を政府に送り込む儀式というより、気に入らない政治家を政府から引きずりおろす儀式に見える。

経済が一流から滑り落ちたのは、その当然の結果ではないか。

実際、日本の政治に対する投資意識は驚くほど低い。一票の格差がこれほど長きに渡って放置されているのもそうだし、政治資金を出すのは業界団体ばかりというのもそうだ。その上政党助成金によって、政治資金はますます個人から離れてしまった。政治の他人事化は進む一方である。その上若い世代ほど政治は他人事なのだ。

P. 156
高齢者にとって、自分とは直接は関係ない教育費に支出されるよりも、年金や医療の充実をしてもらうほうがありがたい。教育水準の低下によって、将来の日本の生産性は大きく低下することになるが、多くの高齢者にとっては、そんな将来のことは関係ないかもしれない。しかし、それでは若者や将来世代は、たまったものではない。このような悪循環を止める必要がある。特定の世代の政治力が過度に強くならない仕組みを作るべきだろう。たとえば世代別の選挙制度や、子供の数だけ親に投票権を与えるというのはどうだろうか。

これは著者の持論であり、「格差と希望」ではまるまる一冊この問題を論じているが、こうした個々の政策以上に、政治--実は自分たち自身--に対する不信こそ、競争の効用を信じられない真因ではないのだろうか。

協調なきところに競争はないのだから。

Dan the (Economic Animal|Political Being)