携書(新書)版はディスカヴァーより献本御礼。電子版も昨日入手。

電子版発売の初日は大混乱だったのだが、やっと落ち着いた模様。どちらでもいいので必ず読んでおくこと。今後本に関する話をする時に、本書を読了していることが大前提となる一冊、あるいは一点なのだから。

正直、電子書籍において著者よりも肌身で知っている(とあえて弾言する)私から見ると、細部は甘すぎる。しかしそれ以上に前提、すなわち「電子書籍が今年から一般化する」には同意であるし、そしてそれ以上に展望--実は願望--に同感する。

本書「電子書籍の衝撃」がもし五百年前に書かれていたら、「活版印刷の衝撃」となるだろう。それくらいの衝撃が書籍の電子化にはあると著者は見なしており、そしてその点には私は完全に同意する。

目次(完全版) - mailより
第1章 iPadとキンドルは、何を変えるのか?
姿勢と距離から見る、コンテンツとデバイスの相性
キンドルの衝撃
これ以上ないほど簡単な購入インターフェイス
物理的制約を離れ、膨大な数の書籍の購入が可能に
ハードカバーの約3分の1という戦略的低価格
複数のデバイスで読書が続けられる仕組み
「青空キンドル」? 日本語の本はまだだが……
「ヌック」「ソニーリーダー」……百花繚乱のアメリカ・ブックリーダー
アマゾン・キンドル最大の対抗馬、アップルiPadの登場
iPadが有利なこれだけの理由
iPadが不利な三つの点
決め手は、プラットフォーム
電子ブックによって本は「アンビエント」化する
ここまで進んでいる音楽のアンビエント化
そして、情報のマイクロコンテンツ化へ
本のアンビエント化の先にあるものは?
第2章 電子ブック・プラットフォーム戦争
ベストセラー作家が電子ブックの版権をアマゾンに
電子ブック、ディストリビューターの広がり
出版社の勝算なき抵抗
そして、アップルiPad の参入
マイクロソフトから始まったプラットフォームビジネス
音楽のネット配信、テクノロジー業者とレーベルとの戦い
アップルiTunesミュージックストアの登場と勝利
音楽業界におけるアップルのプラットフォーム戦略を完全にコピーして挑んだキンドル
アマゾンのホールセール契約を覆させたアップルのエージェント契約戦略
アップルは出版社にとって、ホワイトナイトか?トロイの木馬か?
メディア同士のアテンションエコノミーの戦いの中で
グーグルブック検索の参入
グーグル和解問題は、日本の出版業界でも大騒動に
グーグルは何を狙っているのか?
出版社連合の電子ブック・プラットフォーム構築の失敗
わずか二年で失敗した、日本の「電子書籍コンソーシアム」
著作権二次使用権の問題
取次中心の業界のしがらみから脱却できず
そして、書き手の参入へ
第3章 セルフパブリッシングの時代へ
アマゾンで、だれでも書き手の時代到来!?
ISBNコードを取得する!
アマゾンDTPに、アカウントを登録!
原稿をアップロードする!
電子書籍は出版文化を崩壊させるのか?
アマゾンでのセルフパブリッシング、オンデマンド印刷も
プロモーションはどうするか? マーケティングの新しい潮流
楽曲のセルフ・ディストリビューションに挑むまつきあゆむさん
マスモデルは緩やかに崩壊へと
記号消費──モノですべてを語った時代
記号消費の時代、音楽シーンで起こっていたこと
記号消費の終焉へ
ネット配信が音楽の好みの細分化を加速させる
従来のアーティストの収益モデルの崩壊
ソーシャルメディア時代を生きるスキル
有名人気アーティストも
セルフ・ディストリビューションは、音楽をいかに変えたか?セルフ・パブリッシングは、出版をいかに変えるか?
マイスペースで、2週間で100万アクセス!無名ロックバンド、ハリウッドアンデッドの場合
巨大レーベル主導から零細ミュージックコンパニーへ
音楽業界の主流は、三六〇度契約へ
電子ブック時代の出版社は?
第4章 日本の出版文化はなぜダメになったのか
若い人は活字を読まなくなったのか?
ケータイ小説本がなぜ売れたか? 
ケータイ小説は、コンテンツではなくて、コンテキスト
それは、ヤンキー文化と活字文化の衝突だった!
流通構造の問題を探る。再販制のはじまり
委託制と書籍と雑誌の流通の融合のはじまり
いまも引き継がれる流通プラットフォームの問題点
一九九〇年代まで出版界が好調でいられた本当の理由
壮大なる自転車操業と本の「ニセ金化」
「出版文化」という幻想
守られるべきものとは何か?
終章 本の未来
電子ブックの新しい生態系
書店の中にコンテキストをつくった往来堂書店、安藤哲也さん
なぜ、未来の書店像として広まらないのか?
電子ブックは、結局ベストセラー作家だけが売れる?
食べログとミシュラン、あなたにとって有益な情報は?
マスモデルに基づいた情報流路から、ソーシャルメディアが生み出すマイクロインフルエンサーへ
すでに始まっているマイクロインフルエンサーによる本のリパッケージ
多くのマイクロインフルエンサーと無数のフォロワーが織りなす未来の本の世界
本と本の読まれ方はいかに変わっていくか?
コンテンツからコンテキストへ。ケータイ小説が読まれる理由
ソーシャルメディアの中でのコンテクスト構築がこれからの出版ビジネスの課題
そして、読書の未来に
あとがき

なぜそうなのか(why so?)、そしてそれがどのようになっていくのか(how so?)の二点に関しては本書をお読みいただくとして、以下の前提、著者の言うところの「電子ブックの円環」が完結しつつあることは、書籍の担い手であれば誰もが同意するところだろう。

P. 5
第一に、電子ブックを読むのに適した機器(デバイス)が普及してくること。
第二に、本を購入し、読むための最適化されたプラットフォームが出現してくること。
第三に、有名作家か無名のアマチュアかという属性がはぎとられ、本がフラット化していくこと。
第四に、電子ブックと著者が素晴らしい出会いの機会をもたらす新しいマッチングモデルが構築されてくること。

著者と私が不同意な点は、二つ。

一つは、デバイスとプラットフォームに関する点。著者の指摘は間違っていない。が保守的すぎる。著者も読者も最適化なんて待っていないのだ。なぜそうなのかは「「電子書籍の衝撃」の衝撃 - 小飼弾 : アゴラ」で書いたのでそちらをお読みいただくとして、電子版の本書にしてから本書で指摘する「最適化されたプラットフォーム」、すなわち Kindle版 でも iPad版 でもないことがそのことを如実に示している。

しかしそれ以上に違うのは、現時点における本の立ち位置に関する認識。

正直、著者は現時点における本というものをかいかぶりすぎているのではないか。

右は新書判17ページに登場するマトリックスであるが、書籍は「距離近・画面大/単方向・消費」に位置づけられている。書籍に関しては異論ないが、しかしたとえばゲーム機などはどうか、ネットゲームはとにかく、世の中で現在流通しているゲームのほとんどはむしろ書籍と同じ「距離近・画面大/単方向・消費」に分類されるのではないのか?

どういうことかというと、書籍がマトリックスの一角を占有するほど大きな存在なのか、ということである。

少なくとも商業的には否であることは、以下が如実に示している。

日本の出版統計

日本の書籍販売額は、ピーク時ですら1.1兆、現在では一兆円未満しかないのだ。一方ゲームは、任天堂一社だけでこの数字を凌駕している

これ、実は海外も同様なのだ。いや、その傾向は日本以上に顕著といえるかも知れない。

P. 237
実際、日本よりずっとインターネットが社会で利用されているアメリカでは、本の売上は増えています。アメリカ小売書店協会(ABA)の統計によると、書店全体の売上は、一九九七年が約百二十七億ドルだったのに対し、二〇〇四年には百六十八億ドルまで成長しているのです。

海外の分まで含めれば日本の三倍は固い米国ですら、「成長して」たったの168億ドル。一人当たりにしてみれば日本の半分強しかない。個人的にはこれこそが本書で最も衝撃的な一節だった。本はすでにマイノリティの愉しみだったのだ!

KindleとiPadがなぜ一騎打ちとならないかもこれで説明がつく。Appleにとって電子書籍市場というのは小さすぎるのだ。iPadにとっての電子書籍は、iPodにとっての音楽とはまるで意味が違う。音楽の聞けないiPodなどまるで意味がないが、電子書籍抜きのiPadはなおも魅力的である。iBooksは標準アプリではなく、初日にしてすでに3,000を超えるApp Storeで配布されるアプリの一つに過ぎず、そしてiBooksの書籍ダウンロード数はアプリのダウンロード数の1/4に過ぎないのだ。

出版関係者も本好きも、まずは改めて知っておくべきだ。

読書なんて、数ある暇つぶしの一つにすぎないのだ、と。

書籍をめぐる争いなんて、コップの中の嵐にすぎないのだ。

電子書籍が本当に重要なのは、このコップをたたき割る力がそれにあるからなのだ。

ここでやっと著者の思いと私の思いは合流する。

本は、本読みが思っているほど読まれちゃいない。よく考えればそれも当然で、本というのはずいぶんと面倒なメディアなのだ。Amazon以前は本屋が唯一の流通チャンネルだった。点けるだけで見れるTVや、クリックだけで読めるWebと比べてなんと面倒なのだろう。その上本屋に行ったからといって欲しいものがあるとは限らず(Amazonも同様。私が紹介した途端に在庫切れというのが普通になってしまったorz)、そして一度読んだら今度は不動産を食いつぶす。ろくなもんじゃない。実際本好きはろくでなしばっかしだ。私を含めて。

電子書籍は、こうした「本の黒宿命」を一挙に打破する。オンラインであればいつでも買える。在庫切れはありえない。そして不動産価格ゼロ。

電子書籍がすごいんじゃないんだ。電子化されたことで、本はやっとTVやWebといった他のメディアと同じ土俵に立てるようになったと見るべきなんだ。

そうなったら何がおきるか。

それが本entryのタイトルでもある、本のアンビエント化だ。それがどのようなものであるかは本書に譲る。本書で一番おいしいところだからだ。ネタばれは野暮というものだろう。それでも、結びだけは引用しておく。

P. 300
それはぞくぞくするほど刺激的な未来です。

未来へ、ようこそ。

Dan the Bookworm