小川一水、とてつもない子。

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天冥の標
現在VI巻part3。X巻予定
小川一水
初出2010.07.10 (III巻現在);
2011.05.19 IV巻追加
2011.11.27 V巻追加
2012.05.11 VI巻part1追加
2012.08.25 VI巻part2追加
2013.01.26 VI巻part3追加

まいった。これは紹介せざるを得ない。献本いただいたからではもちろんない(II以降はそうしていただいている。Iは購入)。

まだ物語そのものどころか「どんな話」さえわからないのに。

私は無神論者なのに、何かに祈りたい気持ちでいっぱいだ。

どうか、この物語を完結させることなく作者の命を奪ったりしませんように。

そして、その読者である私たちのそれも。

本作「天冥の標」は、小川一水最大の物語。ここまではすでに確定している。ページ数であればこれまで最大であった「導きの星」を抜いた。

ところが、この時点においても、未だ「何の話」かを紹介できないのである。

I メニー・メニー・シープ
西暦2803年、植民星メニー・メニー・シープは入植300周年を迎えようとしていた。しかし臨時総督のユレイン三世は、地中深くに眠る植民船シェパード号の発電炉不調を理由に、植民地全域に配電制限などの弾圧を加えつつあった。そんな状況下、セナーセー市の医師カドムは、“海の一統”のアクリラから緊急の要請を受ける。街に謎の疫病が蔓延しているというのだが…
II 天冥の標
西暦201X年、謎の疫病発生との報に、国立感染症研究所の児玉圭伍と矢来華奈子は、ミクロネシアの島国パラオへと向かう。そこで二人が目にしたのは、肌が赤く爛れ、目の周りに黒斑をもつリゾート客たちの無残な姿だった。圭伍らの懸命な治療にもかかわらず次々に息絶えていく感染者たち。感染源も不明なまま、事態は世界的なパンデミックへと拡大、人類の運命を大きく変えていく
III アウレーリア一統
西暦2310年、小惑星帯を中心に太陽系内に広がった人類のなかでも、ノイジーラント大主教国は肉体改造により真空に適応した《酸素いらず》の国だった。海賊狩りの任にあたる強襲砲艦エスレルの艦長サー・アダムス・アウレーリアは、小惑星エウレカに暮らす救世群の人々と出会う。伝説の動力炉ドロテアに繋がる報告書を奪われたという彼らの依頼で、アダムスらは海賊の行方を追うことになるが…
IV 機械じかけの子息たち
「わたくしたち市民は、次代の社会をになうべき同胞が、社会の一員として敬愛され、かつ、良い環境のなかで心身ともに健やかに成長することをねがうものです。麗しかれかし。潔かるべし」--純潔(チェイスト)と遵法(ロウフル)が唱和する。「人を守りなさい、人に従いなさい、人から生きる許しを得なさい。そして性愛の奉 仕をもって人に喜ばれなさい」--かつて大師父は仰せられた。
V 羊と猿と百掬の銀河
西暦2349年、小惑星パラス。地下の野菜農場を営む40代の農夫タック・ヴァンディは、調子の悪い環境制御装置、星間生鮮食品チェーンの進出、そして反抗期を迎えた一人娘ザリーカの扱いに思い悩む日々だった。そんな日常は、地球から来た学者アニーとの出会いで微妙に変化していくが―。その6000万年前、地球から遠く離れた惑星の海底に繁茂する原始サンゴ虫の中で、ふと何かの自我が覚醒した
VI 宿怨 PART1
西暦2499年、人工宇宙島群スカイシー3で遭難した《救世群》の少女イサリは、《非 染者》の少年アイネイアに助けられた。二人は、氷雪のシリンダー世界を脱出するた めの冒険行に出発するが――。一方、太陽系世界を支配するロイズ非分極保険社団傘下の、MHD社筆頭執行責任者ジェズベルは、近年、反体制活動を活発化させる《救世群》に対し、根本的な方針変更を決断しようとしていた。
VI 宿怨 PART2
太陽系世界の均一化をめざすロイズ非分極保険社団に対して、《救世群(プラクティス)》副議長ロサリオ・クルメーロは、同胞に硬殻化を施して強硬路線を推し進める。その背後には密かに太陽系を訪れていた《穏健な者(カルミアン)》の強大なテクノロジーの恩恵があった。いっぽうセレス・シティの少年アイネイアは、人類初の恒星船ジニ号の乗組員に選ばれ、3年後の出航を前に訓練の日々を送っていたが……
VI 宿怨 PART3
西暦2502年、異星人カルミアンの強大なテクノロジーにより、“救世群”は全同胞の硬殻化を実施、ついに人類に対して宣戦を布告した。准将オガシ率いるブラス・ウォッチ艦隊の地球侵攻に対抗すべく、ロイズ側は太陽系艦隊の派遣を決定。激動の一途を辿る太陽系情勢は、恒星船ジニ号に乗り組むセレスの少年アイネイア、そして人類との共存を望む“救世群”の少女イサリの運命をも、大きく変転させていくが…

29世紀、21世紀、24世紀、25世紀。とてもこれが一つのお話には見えないでしょ?実際各巻はそれだけでも長編としては一応しっかり完結しているし(Iのみ完結したと思いきや大どんでん返しで「物語はじまったな」フラグが立つ仕組みになってるけど)。

でも、これ、一つのお話なんですよ。

しかもあと巻も続くのに、まだ物語の世界観がつかめないのに。

このタイミング(初出は三巻現在)で書評を上げたのは、曲がりなりにも「これは一つの物語なのだ」というところまでやっと進んだから。

巻を重ねることを前提とした物語で、これは非常に珍しい。長く続く物語であればあるほど、世界観の提示は早いからだ。小説であれば第一章、マンガであれば第一話でたいていそれは提示される。そうでないと読者をつかめないからだ。長い話と長々とつきあえるかは、その物語世界で「暮らせる」確証が欠かせない。「はじめに結論を述べよ」ならぬ「はじめに世界を見せよ」という点で、長い物語の成功の秘訣はむしろノンフィクションに通じるものがあるとすらいえるのだ。

それで「思わず」読者をつかんでしまい、その世界を延々と再描写させられるのもこの世界の常。巻を重ねるラノベのほとんどはそれに入ってしまうのではないか?これなら何十巻でも続けようと思えば続けられるし、マンガであれば100巻を超えるものもいまや複数ある。

もう一つ、これはSFにほぼ固有なのだが、すでに別々の話として書かれた世界を連結してしまうことで「さらに大きな物語」を作ってしまうというものもある。最も有名なのはアシモフ のロボットとファウンデーションだが、自ら生み出した物語世界を統一したいという野望は抗いがたいものであるようで、ハインラインもこれをやって--しまって--いる。

いやまてよ、ドラゴンボールにもペンギン村が一度出てるっけ。でもドラゴンボールって立派なSFだよなあ:-P

本書は、そのどちらでもない。はじめから10巻完結の物語として構想されている。

そして未だに世界観を読者につかませない。

にも関わらず、読まされてしまう。

著者の卓越したストーリーテリングによって。

なんか、周期的でないのに平面を埋め尽くす、ペンローズタイリングを見せられているようだ。

それでもIIIで「一つの物語」という確証が得られるのは、今度こそきちんとIとのつながりが提示されるからだ。IIで登場したつながりが冥王斑ぐらいだったのに対し、本書ではわんさか出てくる。あの魅力的な「電気を呼吸する人々」を含め。そして、羊も。実はIIにも登場するのだが、それがIにつながる羊であるというのはIIIを読んではじめて確証を持てる。

そしてIV巻。なにこれエロい。ガチエロ。《恋人たち》のお話である以上、必然的にこうなるのだけど。

V巻。物語内物語だけではなく、生命内生命とかの場合、「個体数」ってどう数えたものやら。

VI巻part1。お、ついにI巻と恒星間空間が見えてきたぞ。「登場人物」というか「登場群」もこれで一通りそろったのかな。年表もついた。

VI巻part2。宇宙戦争、キター!これ、「超光速」を除く全てのSF的要素を詰め込んだ「総合SF」ってことか?

VI巻part3。天冥の標、ついに見ゆ。これで登場「人物」たちの配置は完了したのかな?

本作は、物語であると同時に物語で出来た物語であり、そして同時に物語に隠された物語でもある。

現時点で判明しているのは、そこまでだ。VI巻現在でも。

その先は、作者のみぞ知る--はずである。編集者はある程度は知っているかもしれないが。

正直、この時点で本作を紹介するのは、まだ第一話も読み終わってないのに口絵だけ見て「このマンガ面白いよ」と言っているような気分である。「戦闘妖精・雪風」ですら、ジャムの正体は皆目わからなくとも、その皆目わからない何かと戦う物語だということは第一話でわかるのに。

しかし、この物語の「完」を見るまでは、死んでたまるかという気持ちが抑えられなくなる物語である。

本作は、本物のマジカル・ミステリー・ツアーだ。

行き先がどこなのかはまだわからない、それでも参加する価値のある。

Dan the Amazed