技術評論社成田様より献本御礼。
『天才ガロアの発想力』出ました! - hiroyukikojimaの日記「意欲的な中学生なら理解できるぜ」を目標に書いた
ガロアが「自分終了のお知らせ」の前に「あれ」を見つけたのは、まだ10代の頃。
天才の業績を再現するのに天才である必要は必ずしもない。ニュートン力学だって高校生で習うではないか。さすればガロアの理論だって中学生に理解できるように再構成できるはずである。
本書は、それをやった。
とはいえ、物足りなさもあるので本entryではさらに二冊紹介することにする。
「天才ガロアの発想力」は、ガロアが「あれ」をどう解いたのかを説いた本としては、おそらく現時点で世界一簡潔な一冊。
目次 - 書籍案内:天才ガロアの発想力―対称性と群が明かす方程式の秘密―|gihyo.jp … 技術評論社より- まえがき
- 第1章 方程式の歴史をめぐる冒険
- 第2章 2次方程式でガロア理論をざっくり理解
- 第3章 「動き」の代数学〜群とは何か
- 第4章 群は対称性の表現だ〜部分群とハッセ図
- 第5章 空想の数の理想郷〜複素数
- 第6章 3次方程式が解けるからくり
- 第7章 5次以上の方程式が解けないからくり
- 第8章 ガロアの群論のその後の発展
「あれ」とは何か。もちろんこれのことである。
四次までなら、Wolfram|Alphaも知っている。次数が一つ上がるごとにとてつもなく難しくなっていくことがここからも伺えるだろう。
- a_0x+a_1=0 - Wolfram|Alpha
- a_0x^2+a_1x+a_2=0 - Wolfram|Alpha
- a_0x^3+a_1x^2+a_2x+a_3=0 - Wolfram|Alpha
- a_0x^4+a_1x^3+a_2x^2+a_3x+a_4=0 - Wolfram|Alpha
ところが、五次ともなるとお手上げなのだ。
この定理「ガロアの定理」ではなく「アーベル-ルフィニの定理」という名前がついている。定理の名からもわかるとおり、五次以上の代数方程式には解の公式が存在しないを最初に見いだしたのはガロアではない。
にも関わらず、この件に関してなぜガロアの名前ばかり出てくるのだろう?
「アーベル-ルフィニの定理」が「五次以上の代数方程式には解の公式を見つけよ」という問題の「終わり」だったのに対し、ガロアの理論は「始まり」だったからである。
群論という、とてつもなく大きな数学の一分野の。
それでは群論とはなんなのか。名前のとおり群に関する論である。
では群(group)とは何なのか。
現代では、このように定義されている。
群 (数学) - Wikipedia空でない集合 G とその上の二項演算 μ: G × G → G の組 (G, μ) が群であるとは、
- (結合法則)任意の G の元 g, h, k に対して、μ(g, μ(h, k)) = μ(μ(g, h), k) を満たす。
- (単位元の存在)μ(g, e) = μ(e, g) = g を G のどんな元 g に対しても満たすような元 e が G のなかに存在する(存在すれば一意である)。これを G の単位元という。
- (逆元の存在)G のどんな元 g に対しても、μ(g, x) = μ(x, g) = e となるような G の元 x が存在する(存在すれば一意である)。これを g の G における逆元といい、しばしば g-1で表される。
これだけ見ると数学に慣れていない人は「ハァ?」だろう。一番簡単な一例を上げよう。
集合{0,1}と演算^(排他的論理和;XOR)は群をなす。
- 結合法則:(a^b)^c == a^(b^c)
- 単位元:0: 0^0 == 0;0^1 == 1
- 逆元:0の逆元は0: 0^0 == 0; 1の逆元は1: 1^1 == 0
ついでに交換法則 a^b == b^a も成り立っているのでこれは可換群すなわちアーベル群でもある。
ちなみに0番目に簡単な群は、元が一つ、演算が「何もしない」という群。群というか「孤」といおうか。それはさておき群の一体全体何がすごいのか。
集合、すなわち数の集まりだけではなく、数を別の数にするという操作、すなわち演算もセットにして考えたことである。setは英語では集合の意味にもなるので意図せぬ駄洒落になってしまったが、プログラミングにたとえると、まるでオブジェクト指向ではないか。データとプログラムを分けて考えるのではなく、オブジェクトとメソッドとして合わせて考えるという意味において。群とはまるでクラスみたいだ。
もちろん、ただのクラスではない。閉じたクラスというところに意義がある。メソッドを適用した結果も、そのクラスに属していなければならないのだ。例えばIntergerクラスは+メソッドと群をなしているのに対し、*メソッドとは群を成していない(逆元がない)。
「天才ガロアの発想力」は、そのことをこう表現している。
P. 70要するに群とはの3条件のある世界だとだと思えばいいわけです。
- つなぐことができる
- 変えないことができる
- もとにもどすことができる
しかしこれのどこが代数方程式の解の公式とつながるのか。
そこに驚きがある。そして驚きのあとは、「これが数学か!」という納得が待っている。
ガロアはこう考えたのである。
「「五次方程式の解の公式は何か」ではなく、「解の公式を導きだす」とは一体なんなのかを考えてみよう」
手段ではなく、手段を作る手段を考える。プログラミングならぬメタプログラミングである。メタ。数学の十八番であるが、数学者の特権では決してない。大岡越前守だってやっている。
三者一両損という話がある。3両が誰に帰属するのか、元の持ち主と拾い主のどちらに帰属するのか争ったとき、越前守が一両持ち出して双方に分けたので持ち主拾い主裁き主がそれぞれ一両づつ損をするという麗しい話だ。私が裁き主なら、一両もらって残り二両を分けて「三者一両得」としただろうが、重要なのはこの問題を考えるときに「両」を一旦忘れて数字だけ考えることである。三者が同じだけ損、あるいは得するにはどうすればいいか。単位は何だっていいのである。しかしどんな単位を使っても裁き主が持ち出す、あるい受け取る分は元の1/3となる。
具象から抽象へ。抽象から理論へ。そして理論から適用へ。
「天才ガロアの発想力」がカバーしているのは、主に抽象から理論への部分だ。だから群の定義は比較的早く登場するし、わかりやすい。
しかしよく考えてみると、ガロア以前にはまだ群という考え方そのものが存在していなかったのだ。
ガロアはどうやってそこにたどり着いたのか。それを教えてくれるのが、「ガロアの群論」である。
目次- 第1章 方程式を「代数的に解く」とは
- 第2章 置換と群
- 第3章 対称式と解の公式
- 第4章 ガロア理論事始め
- 第5章 ガロア群の正規部分群
- 第6章 正規部分群と方程式の代数的解法
- 第7章 方程式に関するガロア理論
- 第8章 その後の群
群論に関する他著が群の定義から話をはじめるか、比較的はじめの方でそれを述べるのかしているのに対し、本書ではガロアのたどった道筋をそのままたどっていく。群の定義が登場するのは最終章である。結論から過程を逆算していない分難易度は上がるが、しかし納得感は大きい。その過程で解の公式のみならず、角の三等分問題まで手に入れてしまうのもうれしい。今回紹介する三作では、これが一番面白かった。
ここまできて、やっと「ガロア理論入門」に取りかかれる。「入門」とあるので初心者向きかと思いきや、本書は少なくとも群とは何かを知っている人を対象に書かれている、いや元は講義録なので講義されている。出だしにしてこうである。
P. 009正確に言えば、体とは、まず加法についてアーベル群をなし、次に零を除いた残りが乗法について群をなし、しかも二つの群演算が分配法則によって結びつけられている集合である。
あまりに有名なガロアについて知りたくて本書を取った人のほとんどは、ここで玉砕してしまったのではなかろうか。
しかし「天才ガロアの発想力」、「ガロアの群論」と読み継いだ人であれば、本書も落ちついて読めるはずだ。「決して難しくはない」という「ガロアの群論」の紹介は間違っていない。問題に回答集が付いているのも親切だ。
刊行の順番がこうだったらどれほどよかったか。しかし現実は逆である。ガロア理論に限らず。後にかかれた本ほど、難しかったことがやさしく書かれている。
天才とは、それを逆に進めることなのだ。坂を上るのは大変だが、下るのは楽なのに似て。
そして一旦坂を上り切ってしまえば、そこから同じ道を下る必要はない。裾野は四方八方に広がっている。その裾野が広ければひろいほどすごいということになるが、群論の裾野の広さは群を抜いている。ルービックキューブから宇宙論まで、およそ対称性があるところには必ず顔を出す。ルフィニもアーベルもこの点では頂上に一歩およばず、そしてガロアも眺望を楽しむ前につまらぬ、実につまらぬことで絶命してしまった。
その悲劇性が、さらにガロアを有名にした。おかげで数学がさほど好きでない人まで名前を知っている。しかし彼を「ただの悲劇のヒーロー」にしておくのはあまりにもったいない。ガロアは天才だ。しかしその天才が拓いた道は誰もが歩む事ができる。是非一度おためしを。ただし順序よく、というか天才とは逆順で。
Dan the Abstract Blogger
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