新型 MacBook Air が、発売初日から飛ぶように売れている。

その一方で、こんなニュースが飛び込んで来た。

シャープの「Mebius(メビウス)」ブランドは消えるのか、パソコン事業撤退報道を受けて問い合わせてみた(GIGAZINE) - livedoor ニュース
GIGAZINE編集部でシャープの広報室に問い合わせたところ、シャープから「今後は、従来のハードを中心としたパソコン事業から脱却し、ハードとコンテンツ配信を融合させた当社ならではのGALAPAGOS事業を展開していきます」というコメントが寄せられました。

これでは考えざるを得ない。

なぜ、 Sharp は Muramasa を育てられなかったのか、と。

これがなかったからとしかいいようがない。

back-to-the-mac

Mebiusというブランド名に反して、輪がなかったのだ。

MebiusはMebius、AquosはAquos。ケータイのワンセグにこそAquosという名前をつけているけれど、名義貸し以上の意味はユーザーからは見えない。

つながりに欠けるのは事業単位という空間方向に留まらない。その点において、時間方向はさらにひどい。ほんと出したらそれっきりという感じで、次が見えない。MebiusもZaurusもNetwalkerも。

いくらとんがった面白い製品を出しても、これではユーザーは根付かない。

これはSharpに限らず、日本の、いや、Apple以外のメーカーに共通した宿痾ではないか。

Apple以外のヴェンダーは、製品を売っている。製品とはゴールであり、終着点であり、あとはそれがどれだけ売れるかが勝負だ。

Appleだけが、道具を売っている。道具とは過程であり出発点であり、本当の勝負はそれが売れてからどう使われるかだ。

その使われる過程において、次の製品に乗り換えるという段階はいつか必ずやってくる。この点においてAppleは他の追随を許さない。古いMacから新しいMacに乗り換えるのと、古いWindowsから新しいWindowsに乗り換えるのとでは、住まいをただ引っ越すのと、新居を一から建てるのと同じぐらいの違いがある。

Software Reinstall Drive

Appleは技術は惜しみなく捨てるが、ユーザーは感動的なまでに捨てない。それが端的に現れているのが、この「ソフトウェア再インストール用ドライブ」だ。他社がコスト削減のために導入した「リカバリ領域」をAppleはかたくなに導入しなかった。それはメーカーの都合であって、ユーザーの都合ではないから。リカバリ領域を一度破壊したら、ユーザーだけでそれを元に戻すことはできないが、これならたとえ100% Windows化しても、あるいはUbuntu化しても、後でいくらでも買ったときの状態に戻すことができる。

その結果、一度マカーとなったユーザーは次もMacを買うはめになる。Appleが次に何を捨ておうと、安心して続けられることを知ってしまったから。

ヴェンダーのみなさん。

「ものづくり」という美辞麗句を、「関係づくり」をおろそかにする言い訳にしてませんか?

この記事は、昨日購入したばかりの MacBook Air 11"で書いている。

MuramasaもZaurusもNetwalkerも買ってきた私には、それが実に不思議で、かつ実に自然な感慨なのである。

Dan the User, not Consumer, of Both