早川書房富川様より献本御礼

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繁栄 - 明日を切り拓くための人類10万年史
Matt Ridley / 柴田裕之 / 大田直子 / 鍛原多惠子
[原著:The Rational Optimist: How Prosperity Evolves]

本書読了後は、こうはっきりと断言できる。

悲観主義は、無知の産物である、と。

本書は訳書であるが、その意味においてまさにこの国の人々のために書かれたような一冊である。その繁栄の頂点にいる人々が、悲観主義の頂点にいるなんて、悲劇でなくて喜劇なのだから。

本書「繁栄 - 明日を切り拓くための人類10万年史」の原題は"The Rational Optimist: How Prosperity Evolves"、「合理的な楽観主義者」である著者は、いかにしてそこにたどりついたか。この著者の個人的な疑問に、著者自らが全人類的に答えたのが本書である。

目次

上巻

プロローグ アイデアが生殖(セックス)するとき
つがう心
第1章 より良い今日──前例なき現在
万人が豊かに / 安価な光 / 時間の節約 / 幸福 / 停滞 / 相互依存宣言 / 労働の掛け合わせ / 自給自足イコール貧困 / 桃源郷、再び? / イノベーションに向かわせるもの 
第2章 集団的頭脳──二〇万年前以降の交換と専門化
ホモ・ダイナミクス / 物々交換の開始 / 狩猟と採集の分業 / 海辺伝いに東へ / 交換しようか? / リカードの魔法の芸当 / 革新のネットワーク / 近東のネットワーク化 
第3章 徳の形成──五万年前以降の物々交換と信頼と規則
交易仲間を見つける / 信頼 / 未来の影 / もし信頼によって市場が機能するのなら、市場は信頼を生み出せるか / 圧政は自由の反対 / モンスター企業 / 商業と創造性 / ルールとツール 
第4章 九〇億人を養う──一万年前からの農耕
交易なくして農耕なし / 資本と金属 / 下劣な野蛮人? / 肥料革命 / ボーローグの遺伝子 / 集約農業は自然を救う / 有機栽培の間違った選択 / さまざまな遺伝子組み換え 
第5章 都市の勝利──五〇〇〇年前からの交易
原始の都市 / 綿と魚 / 旗幟は交易を追う / 海運革命 / 分裂した政治体制の長所 / ガンジス川からテベレ川へ / 砂漠の船 / ピサの商人 / 犠牲を強いる国家
原注

下巻

第5章 都市の勝利──五〇〇〇年前からの交易(承前)
穀物法を再び廃止 / 都市の極致
第6章 マルサスの罠を逃れる──一二〇〇年以降の人口
中世の崩壊 / 一八世紀日本の勤勉革命 / イギリス例外論 / 人口転換 / 解明されていない現象
第7章 奴隷の解放──一七〇〇年以降のエネルギー 
さらに裕福に、もっと裕福に / メタル・ミッドランド / 要求すれば供給される / 王者石炭 / 発電機 / 熱は仕事であり、仕事は熱である / バイオ燃料のおかしな世界 / 効率と需要
第8章 発明の発明──一八〇〇年以降の収穫
イノベーションは山火事に似ている / 科学による主導? / 資本? / 知的財産? / 政府? / 交換だった! / 無限の可能性
第9章 転換期──一九〇〇年以降の悲観主義
悪い話の寸史 / 転換期症候群 / 悪化する一方 / 癌 / 核のアルマゲドン / 飢饉 / 資源 / 清浄な空気 / 遺伝子 / 疫病 / 後退の合図
第10章 現代の二大悲観主義──二〇一〇年以降のアフリカと気候
アフリカの最底辺の一〇億人 / 援助の試練 / 失敗するに決まっている? / 世界はあなたの意のまま / 気候 / 温暖で豊か? / あるいは寒くて貧しい? / 生態系を救え / 経済を脱炭素する
第11章 カタラクシー──二一〇〇年に関する合理的な楽観主義
前へ、そして上へ/どこまで良くなるのか?
謝辞
訳者あとがき
原注

それではなぜ著者は--そして私も--人類の未来に対して楽観主義者となったのか?

アイデアを自由に交配=セックスできるからだ。

そしてそれこそが、ヒトと人間の最大の違いであり、人間を他の動物と分つものだと著者は指摘する。

ヒトが人間となったとき、

ヒトが体だけではなく言葉を交わすようになったときに、

この繁栄は約束されていたのだ。

ソ連時代のアネクドートに、こんなものがある。「エデンの園はソ連にあったに違いない。着るものもろくになく、言葉を交わす自由もないのにそこが楽園だと主張できるのは我々ぐらいではないか」。「昔はよかった」という主張をきくたびに、今後私はこの言葉を思い出すだろう。そんなに昔がよかったなら、エデンの園にお戻り下さい、と。

本書の主張は、実は私がたびたび本blogや自著、特に「弾言」で主張してきたことではある。しかし本書は訳書が上下巻に分かれているだけあって、その主張に圧倒的な証拠を添えている。一カ所だけ引用しよう。少し長いが、それが本書のフレーバーでもあるので一段落丸ごと。

上巻P. 60
だが、今日はどうだろう。あなたが平均的な人間、たとえば三十五歳の女性で、職を持った夫と二人の子供ととおにパリに住んでいて、平均的な賃金を得ていたとしよう。あなたは少しも貧しくはないが、相対的に言えば、ルイ十四世とは比べ物にならないぐらい貧しい。王は世界一豊かな都市きっての金持ちだったのに対して、あなたは召使いも雇っていなければ、宮殿も馬車も王国も持っていない。混雑した地下鉄に揺られて職場から家路に就き、途中でスーパーに寄って出来合いの料理を四人分買いながら、ルイ十四世の晩餐になど、逆立ちしても手が届かないと思っているかも知れない。だが。考えてほしい。スーパーに入ったあなたが迎えてくれる食品の豊かさと比べたら、ルイ十四世が食べたことがあるどんな晩餐もすっかり影が薄くなってしまう(しかもスーパーの食品の方がおそらくサルモネラ菌が含まれている可能性が低いだろう)。生鮮食品、冷凍食品、缶詰、薫製、調理済み食品、材料はビーフ、チキン、ポーク、ラム、魚、エビ、ホタテガイ、卵、ジャガイモ、豆、ニンジン、キャベツ、ナス、キンカン、セロリ、オクラ、七種類のレタス、オリーブ油、クルミ油、ヒマワリ油、ピーナツ油などで調理師、コリアンダー、あるいは、ターメリック、バジル、ローズマリーで風味を添えたもの……。あなたの家にお抱えのシェルはいなくても、近所に何十件もある居酒屋レストランや、イタリア料理、中国料理、日本料理、インド料理店のなかから思うままに選んで出かけられる。そこでは腕利きのシェフたちが待ち受けていて、わずかな時間であなたの一家に料理を出してくれる。考えてもみてほしい。私たちの世代より前は、平均的な人間が他人に食事を用意させるゆとりなどなかったのだ。

しかもこの流れは、近年に入って停滞しているどころか加速しているのだ。つい15年前にはインターネットも携帯電話も高嶺の花で、10年前にはぐぐることもままならず、つい5年前すらiPhoneがなかったのだ。

そして我々の交配の結果生まれた繁栄の果実は、今や先進国だけが独占しているわけではない。先月には世界の携帯電話加入数が50億を越えるというニュースが発表された。これらの携帯電話が音声だけではなくWebにもアクセスできるようになるのはまさに時間の問題で、世界のどこの誰とでも--いやそれどころか(電子)書籍などを通じて過去の人々とさえも--アイディアをセックスすることはすでに可能になっているのである。

もちろん局所的な逆行現象は今後も散発するだろう。先進国も貧困問題と無縁ではないし、他国とのアイディアセックスが禁じられた国や地域で前近代が復活してしまう現象すら散見される。しかし大きな流れとして、人類の繁栄はもう止まらない。エデンの荒野に我々が戻ることは、もはやないのだ。

下巻 P.240
人類の交換と専門化がこの地球のどこかで続く限り、指導者が手を貸そうが邪魔立てしようが文化は進化する。その結果、繁栄は拡大し、テクノロジーが発達し、貧困は減り、疾病が勢いを失い、人口増加は収まり、幸福が増し、暴力が減り、自由が栄え、知識が豊かになり、環境が改善し、原野が拡大する。マコーリー卿がこう述べている。「人類の年代記のどこを見ても目に入るのは、戦争や税金、飢餓、大火災、有害な禁止政策、より有害な保護政策と闘う個々の人々が、政府が濫費するそばから創造し、侵略者が破壊するそばから修繕する精勤ぶりでもある」。

それもこれも、ヒトが人間となったから。わたしがやらないことを、あなたたちのうちのだれかがやってくれ、それを私にも使えるようにしておいてくれるから。だから。私もやることにしよう。

あなたたちがやっていないことを、あなたたちにもわかるように。

Dan the Rational Optimist