この発言主に足りないのは何か…
石原都知事:同性愛者「やっぱり足りない感じ」 - 毎日jp(毎日新聞)東京都の石原慎太郎知事は7日、同性愛者について「どこかやっぱり足りない感じがする。遺伝とかのせいでしょう。マイノリティーで気の毒ですよ」と発言した。
きちんと分かっていない気の毒な人が、都民にも少なからず見受けられたので。
7日の石原知事は、過去に米・サンフランシスコを視察した際の記憶として、「ゲイのパレードを見ましたけど、見てて本当に気の毒だと思った。男のペア、女のペアあるけど、どこかやっぱり足りない感じがする」と話した。
なんでサンフランシスコではゲイがパレードできるのか?
それをゲイの権利として勝ち取った人がいるからだ。
文字通り、命をかけて。
ハーヴェイ・ミルク - Wikipedia1977年、カリフォルニア州サンフランシスコ市の市会議員に当選し、同国で初めて、自らゲイであることを明らかにして、選挙で選ばれた公職者となる。しかし、議員就任1年も経たない1978年11月27日、同僚議員のダン・ホワイトにより、ジョージ・マスコーニ市長とともに同市庁舎内で射殺された。
サンフランシスコで東京ビッグサイトに相当する施設の名前は、 Moscone Center という。iPhoneが発表されたのもそこである。
そのサンフランシスコの人口は、わずか70万人程度。練馬区程度しかない。シリコンバレーを含むサンフランシスコ・ベイエリア全体でも750万人程度。東京から見たら一地方都市に過ぎないこの場所は、なぜ主要国の首都なみの知名度との地価の高さを誇っているのか?なぜ全米はもとより、世界中から the best and the brightest を集める力があるのか?
ヨソモノ・ワカモノ・バカモノたちを受け入れて来たからだ。
他では村八分にされる人々であっても、そこに居場所があるからだ。
もちろんかの地の自由(free)は、無料(free)ではない。地価は東京に劣らぬし、税金はさらに高い。それでもそこを選ぶのは、春と秋しかないあの素晴らしい気候以上に、ゲテモノを受け入れる風土がある。そんなゲテモノたちがかの地で切磋琢磨しなかったら、私が今東京でこうしてiMacを通してblogを書いていることもなかっただろう。Mac も blog もインターネットも、SF Bay Area がなかったら生まれなかったのだ。Cisco SystemsのciscoがSan Franciscoのciscoであることは同社のロゴにも反映されている。あれは東京タワーより遥かに有名な Golden Gate Bridge に他ならない。
なぜ、人は都市に引き寄せられるのか?
田舎にはない自由が、そこにあるからだ。
田舎にはない居場所が、そこにあるからだ。
県民でも道民でも府民でもない一都民として申し上げる。
これ以上、東京を田舎化してくれるな、と。
そんなに田舎がよければ、田舎に行け、と。
「青少年健全育成のまち」とかという立て看板も、田舎であればいくらでもあるではないか。
Dan the Urban Rat
のですが、それは少し違う気がします。
確かに西海岸はリベラルな風土で多種多様な人間が存在しています。しかしそれはサンフランシスコに
限った事ではありません。一部保守的な地域を除きアメリカの大都市であればどこであれ多種多様な
人間を受け入れています。ゲイに限ればサンフランシスコのコミュニティが最大ですが、移民コミュニティは
南カリフォルニアの方が規模が大きく、ゲイコミュニティ自体はどの大都市にも存在します。
ではなぜハイテク企業がサンフランシスコ近郊で起業され発展していったか。これは全米屈指の大学で
あるスタンフォードとUCバークリーが近郊にあり、学生達が起業した事が最大要因です。そしてこの都市が
注目され、Some Brightestsが集まるのはそのシリコンバレーがあるが故です。
ご参考までにカリフォルニアは割と規制が多いです。面白い規制としてサンフランシスコ市でつい先日
子供向けの食事セットは低カロリーで栄養バランスが良くなければならない、とする規制が導入されました。
これにより既存のハッピーミールなどは規制対象となり販売出来なくなります。これは文化に対する規制
ではないですが、とても違和感を感じたもので。なお同時期に提案されたマリファナへの規制を撤廃し、
個人使用を合法化する案は反対多数で否決されました。
規制が多いと文化が衰退します。しかし無規制では人間は本能のままに行動し、社会が成り立たなくなって
しまいます。線引きが難しいと感じます。